「続・嘆息の時」-9
「分かった。よし、じゃあ、今日からまたマンツーマンで頑張るか!」
「はい!」
優美な顔をほころばせる愛璃に、ニカッと大きく笑ってみせる柳原。
このとき柳原は、愛璃の眼にもう一つの強い想いが込められている事にまったく気付かないでいた。
夜の十時、柳原はホテルの入り口に立っていた。
さっき揉み消したばかりの吸殻を見つめ、また新しい煙草を咥える。
封を切ったばかりの煙草は、もう半分ほどが減っていた。
「子供を寝かしつけたら、すぐにそちらへ向かいますね」
夕方に入ってきたメールには、そう書かれてあった。
(どうしたんだろう……何かあったのかな?)
約束の時間から、すでに一時間が経過しようとしている。何度かメールを送ってみたが、返信はない。
(ふう……電話、してみるかな……)
そう思い、携帯のディスプレイに涼子の携帯番号を表示させてみるも、なかなか指が発信ボタンを押せずにいる。
いつもならすぐに返ってくるメールがまるで反応を見せないとすると、何か問題が起きているに違いない……そう思えば思うほど、電話が掛けづらかった。
柳原は、仕方なく一人でホテルのフロントに向かった。そして、部屋に入ってから缶ビールを取り出し、それを口に運びながら涼子へメールを打った。
「だから、あなたとはもうやり直す気はないって、何度も言ってるじゃない!」
「怒りが収まらないのはよく分かる。だから、俺はどんな罰だって受ける。お前と有理の幸せだけを考えて生きていく! だから、だから頼む! この通りだ! 俺にもう一度チャンスをくれ!」
「いまさら……もう遅いわよ。あなたって、いつもそうだったわ。私が……私がどんなにサインを出していても、気付いてくれたことなんて一度もなかった……」
涙を溜めている涼子の顔が、憂いながら沈んでいく。
柳原が心待ちにしている涼子の姿は、いま別れた夫のマンションにあった。
「私……人と約束しているから、もう行くわ」
怪訝な表情に哀切を交えながら、涼子がスッと起き上がる。
「ま、待ってくれ! 頼むから行かないでくれ! お前にもやり直そうって気持ちが少しはあるんだろ? だからここまで来てくれたんだろ!?」
前夫が、立ち去ろうとする涼子を後ろからガバッと抱きしめた。
「頼む……どんな罪滅ぼしでもする。だから、だから行かないでくれ」
「ちょ、ちょっと、やめて! 離してっ!」
必死に振り払おうとする涼子を、前夫は力ずくでその場に押し倒した。
「ど、どういうつもり! お願いだからやめて!」
執拗に絡み付いてくる手を懸命に解きながら、涼子が怒りを露わに叫ぶ。
「俺にはお前が必要だって、今頃になって気付いた! お前の言うように、ほんとにいまさらって感じで、顔向けできないことは分かっている。だから今まで顔を出せずにいたんだ。だけど、だけど本気だ! 俺は本気でお前と有理を愛している!」
前夫の手が、服の上からギュウッと涼子のバストを掴んだ。