「続・嘆息の時」-6
半年を過ぎたあたりから徐々に祖父母との生活にも慣れだし、父親を想って泣くことはなくってきたが、それは子供なりに母親を気遣い我慢しているのだろうと涼子は思っていた。
また、外で有理と同じくらいの子供に会うと、その隣には必ずといっていいほどお父さんとお母さんがセットになっている。有理の幼い目が、その光景を前にしたとき、たまに哀しみを浮かべて見せるのだ。そんな哀感を誤魔化すためか、そういう時はいたっておしゃべりになる。だが、それが余計に涼子の胸を締め付けるのだった。
涼子の見つめる先で、小さな寝息をたてはじめる有理。
涼子は、プニプニとした柔らかい頬を指先で軽くつついてみた。そして、我が子が寝入ったのを確認してからソッと起き上がった。
静かに部屋を後にし、ベランダへと向かう。
「明日……スッキリとした晴れ空にしてね」
有理と一緒に作ったテルテル坊主へ声をかけ、涼子はしっかりと願いを込めて手を合わせた。
次の日、晴れ晴れとした青空にはひとつの濁り雲も浮いていなかった。
晴天の青空に笑顔を向け、キャ、キャ、と声を上げながらはしゃぎまわる女の子。
「おーい、有理ちゃん、そんなに走ったら危ないぞ〜!」
柳原と涼子、その二人のまわりをクルクルと走り回る有理に、柳原もまた嬉しそうな表情で笑いながら注意を促す。
「ねえ、おじちゃん、あれに乗りた〜い!」
ひとつの乗り物を指差し、小さな手でギュ、ギュ、とズボンを引っ張ってくる有理。
有理がわくわくした顔を向けているのは、パンダのお面をつけたサイクル型のモノレールだった。
「よ〜し、乗るか!」
「うん!」
手をしっかりと繋ぎ、柳原は有理を連れてダダッと走り出した。
笑い声を上げながら走り去っていく二人の後姿に、涼子が麗らかなか笑みをこぼす。その様は、まるで本当の親子のようであった。
些細なことでも『きゃあ〜!』っと大歓声をあげてくる純真無垢な有理に、柳原の表情も緩みっぱなしだ。
モノレールが終わると、すぐに次のアトラクションへと走り出す二人。
立て続けに三種類のアトラクションを制覇し、途中からは涼子と交代しながら有理の満足度を高めてやった。
柳原は、咥えた煙草に火をつけ、フウッと煙を吐きながら親子の乗ったティーカップへと眼を向けた。
とびっきりの笑顔で元気に手を振ってくる有理。その隣で、これまた至福に満ちた笑顔で手を振る涼子。なんとも微笑ましい光景だった。
「ははっ、有理ちゃん、とっても楽しそうだな〜。それに篠塚さんも。この親子と家族になれたら……」
柳原は、出掛かった言葉を呑み込んだ。
想いを口にすればするほど、対する意識が強くなり、そのうち昂ぶった感情が理性をも凌駕してしまう。
自分の性格はよく分かっているつもりだった。
もしこの感情が抑え切れなくなった時、もし涼子がそれに応えようとした時、そのときは有理のこともしっかりと考えなければならない。
そうなると、柳原の頭には結婚の文字が浮かんでくるのだった。
柳原にはまだ自信がなかった。
会社での地位もそこそこ上がってはきている。しかし、いま親子を養っていく自信など到底持てそうにない。
真面目すぎる、もっと素直に恋愛を楽しもう……そう思ってみても、柳原にはそれがなかなか出来なかった。