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和州道中記
【その他 官能小説】

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和州記 -宵二揺ルル紫花--6

「んッ、んぅッ!」
唇は彼の唇で塞がれる。
がっちりと右手で頭を掴まれて、左手できつく身体を抱き締められる。
身動き出来ぬまま、強引に唇を貪られる。
幾度も幾度も唇を食んだ後、竜胆の唇を割って一紺の舌が侵入して来た。
「は…ん、んんッ」
戸惑ったままその舌に応じる竜胆。
そのまま一紺は竜胆の拘束を緩めると、彼女の着物に手をかける。
「ちょ…い、一紺!」
制止するような彼女の言葉には耳を貸さず、一紺は竜胆の白い肩を露出させた。
「こんな…ところで…ッ」
そんな彼女の抗議の言葉は再び一紺の唇によって遮られる。
熱い口付けと共に、一紺は肌蹴たままの竜胆を抱き締めた。
先程よりは少し短い口付けの後、一紺は次の行為に移るでもなく、なお竜胆の細い身体を強く抱き締めていた。
竜胆はそんな彼の行動に困惑した様子で訊ねる。
「ど、どうしたんだ」
しかし彼が小さく啜り泣くのを聞いて、竜胆は戸惑ったように彼の名を呟く。
「一紺…?」
「悪い…俺、酔ってんのやろなぁ…」
一紺の声は震えていた。
「悪い…悪かった、竜胆」
彼は竜胆を解放し、彼女の身体をそっと押して自分から離した。
「人間て、人間て何でこんなに脆いんやろな…」
俯いた一紺は、震える声で絞り出すように言葉を紡ぐ。
「蘇芳のことでこんなに哀しいのに、お前が…竜胆がいなくなったら」
竜胆はそんな彼の肩にそっと触れた。
「そんなこと考えてしもて…」
触れた竜胆の手に、一紺は自分の手を重ねる。
彼女の華奢な手をぎゅっと握り、一紺は続けた。
「お前まで、離れて行きはしないかて…」
そんなことない、とでも言うように、竜胆は首を横に振る。
「俺な」
俯いた一紺から零れた涙が、彼の着物を濡らした。
「あの時、お前を守れへんかったこと、たまに思い返してまうんや」
ずきり、とその言葉に竜胆の心が痛んだ。
彼女の心が痛んだのはあのことを思い出したからではない。
一紺の気持ちが、痛いほど分かったからだ。
また守ることが出来なかったら――大切な人を失ってしまったら。
かつては竜胆も抱いていたそんな思いが、一紺の心を蝕んでいるのだろう。

一紺は不安になっていた。
鳩羽に出会ったことで、蘇芳の死を改めて感じてしまった。
床に臥せった弱々しい竜胆の姿を目の当たりにした。
今まで意識したことのなかった死――己ではなく身近な者の――への恐怖、そして大切な人を守ることさえ出来ない己の非力さとに打ちひしがれていた。

「鳩羽の兄貴が、言うたんや。俺が不安がってたら、竜胆も余計不安になる。だから、どんなことでもお前は不安を見せるなて…」
「俺も、そう思う。でもな、どうしても…」
不安なんや――そう言って一紺は竜胆の首筋に顔を埋めた。
彼を抱き留め、竜胆は空を仰いでぽつりと言った。
「――同じだな」
手拭を巻いた一紺の頭をそっと抱き締める。
「私も昔、そう言う不安を抱いていた。自分に触れたものが、全てなくなってしまいそうな不安」
彼女の声は、言葉よりもずっと明るいものだった。
「私は…不安じゃないよ。お前が側にいてくれる。それだけで、不安なんか消えてしまうんだ」
言って、涙に塗れた一紺の顔をじっと見つめた。
一紺も涙でぼやけた竜胆の瞳を見つめ、そして再び彼女を抱き締める。
その背にそっと手を回し、小さく嗚咽を上げる一紺に、竜胆は言った。
「なあ、一紺。お前は独りじゃないんだから」
優しい声が一紺の耳朶を打ち、優しい言葉が一紺の心を打った。
「頼ってくれ。私がお前を頼るように、お前も私に頼って良いんだ」
いつでも側にいるから。
そう言って一紺の額に口付けを落とす竜胆を、一紺は強く抱き締めていた。


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