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和州道中記
【その他 官能小説】

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和州記 -宵二揺ルル紫花--4

『…竜胆…?』
目を疑った。
たとえ彼の眼前に広がる光景が真実だったとしても、それを信じたくなかった。
白い肩が乳房が、どす黒い男達によって蹂躙されている。
虚ろな瞳は、こんなにも一紺が間近にいるのに気が付かないようだった。
『はあッ…ああッ』
男達の手で竜胆の胸がぐにゃりと歪み、彼女の眉をも歪ませる。
一紺は無意識のうちに刀の柄に手を伸ばした。しかし、刀を抜くことは出来なかった。
動けないのだ。
刀を抜こうにも殴りかかろうにも、まるで金縛りにでもあったかのように、指一本さえ動かせない。
それだけではなく、瞼さえ閉じることが出来ないのである。
『あ、あ、ああッ…』
ただ喘ぐ竜胆の姿を見続けることしか出来なかった。
『ひあッ…や、あッ…』
(これは、夢や、夢…)
必死で自分に言い聞かせる。
『…ッく、ああんッ…』
それでも聞きなれた彼女の切ない喘ぎを聞くと、どうにも感情を抑えることが出来なかった。
すう、と流れた涙が一紺の頬に跡を残す。
『やッ…あああ――ッ!』
自分ではない男の指で、自分ではない男のもので気をやったのだろうか――竜胆が苦痛とも快感とも取れる表情を浮かべて切ない声を上げる。
ぐったりとなった彼女ごと、男達は不気味にどろりと溶け、その場から消えて行った。
唐突に現れた光景に、一紺は憤るのも悲しむのも忘れて呆然とその場に立っていた。
やがて戒めが解かれたように身体が自由になると、一紺はぐいと袖で涙を拭う。
そして大きく息をついて首を横に振った。
(きっと俺の不安が、俺に悪夢を見せとんのや)
しかし、妙に生々しく現実味を帯びた先の映像が、どうにも頭から離れない。
『…分かっとるのに』
一紺は薄暗い洞窟の中で、ぽつりとそう呟いた。

それから暫く歩いても、まだ夢から覚めることは出来なかった。
いつ何が起こるか、今までにない恐怖と不安を感じながら、一紺は歩いていた。
『家や』
ふと、辺りが少しばかり明るくなった。
周りを見回してみると、一紺が立っている場は小さな村のようだった。
目の前に小さな家が並んでいる――深縹の村によく似ていた。
『俺の、家』
似ているのではない。その村は、深縹の村そのものだった。
一紺の家もある筈のところに建っている。
一紺はあばら屋を見上げて呟いた。
『――せや、蘇芳が酒が欲しい言うてたから買うてきたんや』
彼の手には酒瓶がひとつ。
『いきなり倒れよって、そのくせ酒が飲みたいなんて。紅梅の姉さんなら阿呆言うて頭引っ叩くわ』
言いながら一紺が家に入ると、床に伏した蘇芳と街医者らしき男、そして紅梅の姿があった。
『一紺…』
赤く目を腫らした紅梅の声は、微かに震えていた。
『少し…遅かったね』
『遅かったて』
一紺は紅梅と医者との間に割って入る。
そして、蘇芳の顔を覗き込んだ。その面には白い布が被せてある。
一紺は困惑したように紅梅と医者を見やり、それから苦笑を浮かべた。
『仏さんみたいなことして、悪い冗談や』
『……』
『なあ』
『……』
『あいつ、蘇芳の奴、俺に酒買うて来い言うたんやで』
『…凄く苦しんでいたから…一紺には、姿を見られたく、なかったんだよ』
涙に歪んだ顔で、紅梅は小さくしゃくり上げながら言った。
一紺がおそるおそる、物言わぬ蘇芳の身体に触れる。
まだ微かに温かいが、一紺はぞっとした。
いつでも剣を持ち、酒を飲んでいた蘇芳の手のひらは大きく、熱を持っていた。
寒い冬などは彼の腕や手を行火代わりに使ったものだ。
そんな彼の手から伝わるのは、今はほんの少しの熱ばかり。


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