愚かに捧げる3-1
朝。中田真理子はなかなかベッドから出られずにいた。
原因は手の中のグロテスクなものにある。多少潔癖の気がある真理子にとって、膣にバ
イブレーターを入れて登校することなど吐き気を催すくらい汚らわしいことだった。
グロテスクなその色、形は見るのも触るのも嫌だった。
だが、これを自分の体の中に入れて電車に乗らなければ「ばらしちゃうよ」と下着の中
に入れられていた紙は語るのだ。
何をばらす、とは書かれていなかった。だが、恋人の隣で痴漢にあっていたこと、その
手で昇天させられてしまったこと、挙句の果てにはバイブレーターまで入れられてしま
ったこと・・・ばらされたくないことはこの2日で山ほどできてしまった。
「今日行かなかったら心配させちゃうだろうな・・・」
ベッドの中でぽつりと呟く。
昨日はバイブを入れられたショックを隠せず、途中下車までさせてしまったのだ。
具合が悪いとだけ伝えたが、それが余計に心配させてしまった。
時間は刻一刻と過ぎていく。これ以上過ぎると敏樹を待たせかねない。ただでさえ早く
出てきてもらっているのに。
真理子は思い切ってピンク色のそれを押し込んだ。
「うっ…」
快感は伴わない。痛い訳ではないが、異物感に泣きそうになる。
トイレを我慢している子供みたいな歩き方をしながらどうにか駅までたどり着いた。
「おはよ・・・大丈夫?」
いつもの敏樹の優しい顔が自分を覗きこむ。一目で分かってしまうほど真理子の状態は
異常だったらしい。
「おはよう。昨日はごめんね。もう大丈夫だよ」
「そう・・・ならいいけど。辛かったら体育とか見学するんだよ?」
「うん。ありがとう」
手をつないで歩きながら、真理子はふと気づいた。
「ねえ、今日はいつもと違う車両にしない?」
「ん?なんで?」
他の車両も同様に混んでいることは知っているが、あんな痴漢はいないだろうという希
望的観測だった。
「えと・・・そういう気分」
「そうなんだ」
敏樹はくすっと笑った。真理子の意図は手にとるように分かった。
「いいよ。どの車両でも」
痴漢は自分達を目標に移動するだけなのだから。
真理子の目論見どおり、今日は誰も自分に触れてこない。昨日もこうすればよかったと
楽観した途端、中のバイブレーターが振動を開始した。
(なにこれっ・・・)
昨日途中下車してから一度も動かなかったのに。てっきり痴漢が自分を見失ったためだ
と思っていた。今更ながら、昨日の夜にでもバイブレーターに電池が入っていないか確
認しなかった自分を責める。できるだけ目を逸らしていたかったのだが、そんな現実逃
避が裏目に出てしまったらしい。
しかも単に振動するだけではなく、強弱をつけてくる。弱くなったと思ってこっそり息
をついた途端に強くなる。痴漢は真理子のことがよく見える位置にいるようだ。
微かな振動音に、真理子の周囲の人が自分の携帯電話を確認して閉じる。
敏樹も確認する素振りを見せ、真理子に囁いた。
「マリ、電話鳴ってる?」
「わ、私かな・・・でも、携帯、鞄の、中、だから、後で見る、ね」
途切れ途切れの言葉は勿論、蒸気した顔も体の震えも真理子の体の異常を訴えている。
「今日も具合悪い・・・?降りようか?」
「大丈夫、だよ」
真理子は無理やり笑いかけた。もうこれ以上敏樹に心配かけさせたくなかった。2日間
連続で途中下車なんて迷惑はかけたくなかったのだ。