抑えきれない女-3
(わたし……末期症状だわ……)
こんな男相手にジンジンと疼きたつ秘芯に、さやかは心の中であきれたように呟いた。
男が、フッ、フッ、と鼻を鳴らしながらハンバーガーにかぶりつく。
汚らしい……そう思うも、さやかの胸奥にはすでに淫猥な濃霧がモヤモヤと立ち込めていた。
妄想はさらに膨らみ、顔が火を噴きそうなほど熱を帯びていく。感情が完全にコントロール不可能となったときの症状だ。
さやかは、小さく咽を鳴らした。
乾いていく咽にアイスコーヒーを流し込み、声をかけようと上体を前へ倒して男のほうを見る。しかし、そんなさやかの態度に気付くこともなく、男はサッと席をたって歩き出してしまった。
唖然としながら、さやかもあわてて席を立った。
理不尽だが、微かに屈辱感が湧いた。
そそくさと足早に歩いていく男。さやかもそのスピードに合わせて歩いた。
どうしてこんな男に執着しているのか、自分でも理解できぬまま男の後をつける。
ノーマルなものでは物足りず、ついにアブノーマルの世界へ飛び込もうとしているのか……軽く身震いしながら、そんなことも思ってみた。
男は映画館の前で足を止めた。
メガネの位置を中指で調整しながら、ジッと案内板を見つめている。そして、自分の腕時計に目を向けてから、スッと中へ入っていった。
さやかも躊躇なく後に続いた。
暗い館内を男がキョロキョロと見回している。
男が選んだのはアニメ映画だった。それも園児や低学年の小学生達が見るようなジャンル。
最前列から中列までは、子連れの親子でびっしりと埋まっていた。
男が、ガランとしている最後列の端のほうに足を向ける。
さやかの鼓動が激しさを増した。
一体何をしようとしているのか、自分でも分からなかった。
淫猥な思考が、躊躇なく不審な行動をさやかにとらせていく。
暗い館内を静かに歩いて男の傍までくると、さやかは小さく声をかけた。
「あの……すみません。隣に座ってもいいですか?」
「んっ?……えっ!?」
男が驚いたように声を上げ、背伸びしながら周りの空席を見やる。
「えっと……と、隣ですか?」
「ええ」
淑女の精悍な目差しに少しビクつきながら、訳の分からぬまま席を一つずらす男。
なんとも不思議な光景だった。
広い館内の、ガランとした後列に見知らぬ男女が揃って座っている。どう見てもカップルには見えない、不釣合いの男と女。楽しみにしていた映画がはじまっても、男は落ち着かないようにそわそわしている。女はというと、静かだが、どこか緊張しているようにも見えた。
「面白いですね、この映画」
顔を寄せ、唐突に女が囁く。
「え、ええ、そ、そうですね。へへっ、えへへっ、このアニメ、だ、大好きなんですよ」
男は、真っ直ぐにスクリーンを見つめたまま言葉を返した。
「…………」
さやかの眉間に数本の深い皺が刻まれていく。
(どうして……どうして、こんな男に欲情しているの!?)
かたく瞳を閉じ、顔を伏せながら、懸命に理性を呼び戻そうと試みる。だが、心が無になったのは一瞬だけで、すぐに淫らな情欲が心を支配した。