夏の終わりにA-8
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「何だか、今日は静かねぇ」
夕食時、母は私と愛理を見てそう言った。
最近こそ愛理がひとりで喋っていたが、それ以前は兄妹で会話が飛び交ってたのが、その日に限って全く会話がなかったのだ。
「どうしたの?ケンカでもしたの」
心配症の母は、私にそう訊いた。
「…違うよ。別にケンカなんかしてないよ」
「だったら良いけど…」
私と愛理は目を合わせる事なく食事を続ける。先ほどまでの出来事が、お互いをそうさせていた。
ちょうどその時、電話が鳴り出した。母は〈はいはい〉と言って席を立ち、電話口へ向かった。
「はい。砧ですが……これは、いつも正吾がお世話になっております!」
「ショウちゃん、電話みたいだよ」
「エッ?」
愛理の言葉に電話口の方を見ると、母が手招きで私を呼んでいる。
「…正吾、監督さんからよ」
「エエッ!監督から?」
私は慌てて受話器を取った。
「どうだ?調子は」
「はい!もう大丈夫です」
「…それは良かった。ところで、明日は病院で診断してもらって休んでろ」
「エッ?それってどういう……」
監督の話では、熱中症は脱水症状による放熱不足が招くモノで、軽症でも脳などにダメージを残す場合もあるそうだ。
「…分かりました。明日、休ませてもらって病院に行ってきます」
私は監督にお礼を言うと受話器を元に戻した。
(…明日は半日休みか…何に使おうかな)
キッチンに戻りながら、私は頬を弛ませて明日の事を考えていた。
「何だか嬉しそうだけど、監督、何て?」
母は私の変化に気づき、問いかけてきた。
「それが、明日は練習休みだって…」
熱中症で倒れた事は黙っていた。2人に言えば心配するから、父にだけ打ち明けようと思っていた。