恋の奴隷【番外編】―心の音K[後編]-1
Scene12後編―予期せぬデートの誘い
「う゛ぅっ…」
私はショーウインドーを食い入るように見詰めながら、小さく唸った。
「僕は嫌だからね」
葉月君は怪訝そうに眉を寄せて言う。
「だ、だって…ここのクレープ屋さん今凄い人気なんだよ!?」
あれから、葉月君に引きずられるようにして後をついて歩いていたのだけれど。甘い物に目がない私は、ガラスケースの中に飾られたクレープにすっかり目を奪われてしまったわけで。
「ったく。こんなもんの何がいいんだよ」
泣きそうな顔でもしていたのだろうか、葉月君はけっ、と悪態を付きながらも渋々店員さんに注文してくれた。
「んーっ!!!おいしいー!!」
お店の脇にあるベンチに腰を下ろして、待ってましたとばかりに勢い良くクレープを口に頬張った。生クリームの甘さとラズベリーの酸っぱさが絶妙にマッチして、とにかく美味しい。柚姫に報告しなくちゃ、なんて考えていると、目の端に葉月君がうげぇ、と声でも出そうな顔をしているのが映った。
「ちょっとー。せっかく人が上機嫌で食べてるって言うのにそんな顔してないでよね」
そう言ってじろりと横目で睨むと、葉月君は、見てるだけで吐き気がする、なんて言って、口元を歪ませた。
「そこまで言う!?食べず嫌いは良くないわよ」
「夏音」
「んー?」
クレープにかぶりついたまま、視線だけチロリとよこすと、ほんの数センチの距離に葉月君の顔があって、私はぎょっと目を見開いた。そして、クレープを一口かじった後、葉月君は口の端に付いた生クリームを舌で舐め取りながら、より一層眉間にシワを寄せる。
「甘ったる…」
「な、な、な…何してんだーっ!?!?」
「何って…味見」
さも当たり前のような物言いの葉月君の横で、私は口をパクパクさせながら驚きを隠せないでいる。
「ぶっ…」
平然な顔をしていたかと思えば、突然吹き出してふるふると身体を揺らしながら笑いを堪えている葉月君。
「な、何笑ってんのよ!?」
「き、金魚みたい…はははっ!」
葉月君は苦しそうにそう口に出すと、とうとう堪え切れずに声にして笑い始めた。馬鹿にされたみたいで、カチンときたのだけれど、こんなに無邪気な顔で笑っている葉月君なんて見たことがないから。少しビックリしたのと、同時に、なんとなく、ほっとした。
―なんだ、ちゃんと笑えるんじゃない。
ほんの数時間で、私は葉月君のことを少しだけれど、知った気がする。
顔に似合わずとても悪趣味なこと、嫌なことがあるとすぐに眉間にシワが寄ること、そして……
笑い上戸だということ。