嘆息の時-2
(なんという悩ましい膨らみだよ〜! 真っ白な肌に柔らかそうな感じ……まさにマシュマロパイだなぁ……ていうか、滝川くんってマジで可愛いよなぁ)
朗らかな表情でシフト表を見入っている愛璃に、店長らしからぬ不埒な視線を向ける柳原。
愛璃の、いつも潤んでいるように見える垂れ眼が、長い睫毛によってあいかわらずセクシーで艶めいたものを醸し出している。
秀でた額に黒目の大きな瞳、それにスッと通った鼻筋、さらには柔らかそうな桜色の唇、それらが骨格に合わせバランスよく位置取っていて、客からはよく『あの子、ハーフなの?』と聞かれることもしばしばだった。愛璃がどれほど否定しても、柳原は強く異国の血の存在を信じている。
(それにしても……これで彼氏がいないなんてなぁ。世の中、不思議な事もあるもんだ)
柳原は、以前愛璃に好きな芸能人は誰かと聞いたことがあった。
そのとき愛璃の口から出てくるのは中年俳優ばかりで、こういっては失礼だが、どれも二枚目とは言えぬ人物ばかりだった。
その流れで『年上が好きなのか』と聞くと、『うんと年上が好き』と愛璃は答え、『店長くらいの人がちょうどいいかも』とも言った。もちろんこれは社交辞令だろう。だが、柳原が愛璃を異性として意識しはじめたのは、このときからであった。
「店長、この日って……店長も副店もいないんですか?」
「ああ、この日は研修があってね、俺と沢木はそれに行かなきゃならないんだよ。まあ、その日は人も多めに組んであるし、主任の岡村でも大丈夫だろ」
柳原は、上ずる声を必死で抑えながら答えた。
恋慕相手を眼の前に、高揚と緊張が顔を赤らめているが、それには本人も気付いていない。
「ねえ、店長って……照れ屋さんですか?」
唐突な質問に、柳原は少しあわてた。
「な、なんだよ、突然?」
「いや、なんとなくそう思ったんで聞いてみました」
愛璃の表情が、微かだが、はにかんでいるようにも見える。
(ヤバい! 静まれ! 静まれ、俺!!)
逆に照れたような表情を浮かべている愛璃が、なんともキュートで堪らない。
柳原は、顔がひどく燃え上がっていくのを何とか抑えようと必死になった。しかし、抑制しようとすればするほど意識が高まり、感情のバロメーターが無情にもぐんぐんと上昇していく。
柳原の顔は、もう猿の尻にも劣らぬくらい真っ赤だった。
「店長って、本当に純粋なんですね。私も店長みたいな、純粋な年上の彼氏が欲しいな」
「お、おいおい、あんまり大人をからかうなよ。なあに、滝川くんだったらすぐにタイプの男が見つかるさ。なんならさ、俺の知り合いを何人か紹介してやろうか?」
柳原は、動揺のあまり心にもない事を言った。
(な、なに身を引くような言い方してるんだ、俺って! だったら俺と付き合ってみるかって、どうしてそんな冗談のひとつも言えないんだよ、俺のバカ! やっぱりウンコヤローだな、俺って)
アドリブの利かぬ自分を激しく罵倒しながら、柳原はひどく落ち込んだ。
「あははっ、別に紹介してもらわなくてもいいですよ。ていうか、この日の研修って、何時に終わるんですか?」
「えっ、ああ、そうだな……夕方の5時くらいには終わるんじゃないかな」
「あっ、だったらその日、研修が終わってから飲みに行きません?」
「えっ!?」
愛璃からのおもわぬ誘いに、柳原は大きく眼をひん剥いた。
同時に、昂ぶっていた感情が一気にマックスへと達した。
「い、い、いいねえ〜! 行こうか」
ドキドキと、心臓が猛烈ないきおいで脈音を打ち鳴らしていく。柳原の耳には、もう愛璃の声と自分の心臓音しか聞こえなくなっていた。
「で、でもさ、沢木をどうすっかな〜、あいつもきっと」
「副店には私のほうから話しておきますね。やったー! 楽しみだなぁ〜」
「えっ? あ、ああ、そう……ははっ」
柳原の言葉には続きがあったのだが、途中で割り込んできた愛璃の言葉によってそれは消された。
『あいつもきっと飲みに行こうって誘ってくるから、それはこっちで上手く断るよ』
そう続けようとしていた。
しかし、愛璃が自分だけじゃなくて二人を誘ったのだと分かると、言葉を途中で遮られてよかった……と、柳原の心には安堵感が湧いた。うっかり恥をかくところだった。
副店長の沢木も一緒ということで少し残念な気もしたが、それでも柳原はテンションを上げずにはいられなかった。