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「カオル」
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カオル@-1

繁華街のメイン・ストリートに面した雑居ビル。その5階の一角にあるバー。

 ビクトリア調ドアーの両サイドに施された、オイルランプ風の照明が入口を照らす。

「やあ」

 そのドアーがゆっくりと開き、ひとりの男が笑顔を湛えて入って来た。途端に従業員であるホステスが一斉に声を掛けた。

「アラ〜〜ッ!タケちゃんじゃない」

 カウンターに座る客の視線が〈タケちゃん〉と呼ばれた男に一瞬集まる。

 竹田龍治35歳。有名出版社の編集長。彼は一様に店の中を見回した後、空いた留まり木に腰をかけた。
 すぐに艶やかな表情をしたホステスが、おしぼりやコースターを彼の前に並べる。

「いらっしゃい。随時お見限りねぇ」

 竹田はおしぼりで手を拭きながら、そのホステスに言葉を返した。

「2ヶ月…かな。カオルちゃんも相変わらずキレイだね」

「何よ、いきなり…褒めたって何にも出ないわよ」

〈カオル〉と呼ばれたホステスは、やや頬を紅潮させて微笑んで見せると、クルリと後を向きズラリとボトルの並んだキャビネットから、竹田のキープ・ボトルを探す。

 艶やかな長い黒髪。白いブラウスに、黒のタイト・スリット。一見、地味な服装だが、細い腰に相まって、何ともいえない色気を醸し出していた。

「あった、あった…奥に隠れてたわ」

 ジャック・ダニエルズ。竹田が好む酒だった。彼も他の出版社員の例に漏れずに酒が強い。
 彼は特にバイトの高いジャック・ダニエルズをロックで飲むのを好みとしていた。

 カオルはロック・グラスにクラッシュ・アイスを入れると、ジャック・ダニエルズを注ぎ入れ、竹田の前に置いた。

「どうぞ」

「カオルちゃんも何か頼めよ」

 竹田の配慮に、カオルはにっこり微笑む。

「ありがとう…じゃあ、おビールいただこうかな?」

「ああ…」

 カオルは、カウンター下にある冷蔵庫から冷えたビールとグラスを取り出した。

「カオルちゃん、注いであげるよ」

 竹田は留まり木から身をのり出し、カオルのグラスにビールを注いだ。細くて形の良い指がグラスを支える。

「チアーズ!」

 笑顔でお互いのグラスを軽く重ね、口元で傾ける。

「はぁ〜っ、生き返るようだぜ!」

 竹田はグラス半分ほどを一気に飲んだ。対してカオルは、ほんの少しの量を含んだ位だった。


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