カオル@-4
「ただいま!」
玄関を開けて中に入ると、最初に出てきたのは真由美だった。晋吾はヒザをついて両手を広げると、真由美が抱き付いてきた。
「お父しゃん!おかえりなしゃい!」
元々明るい娘なのだが、今年から保育園に通うようになってボキャブラリーの数が随分と増えた。晋吾は笑顔で真由美を抱きかかえる。
「ただいま真由美!いい娘にしてたか」
真由美は嬉しさ一杯から、慌てて晋吾に話掛けた。
「マユちゃんね!マユちゃんね!ずーーっとじーじとね、遊んでね…」
「そうか、そうか!」
真由美の後には晋吾の父、久吾と母、富美恵がもどかし気な表情で出迎えた。
「ただいま、父さん」
「おお、晋吾。遅かったな。で、どうだった?」
「ああ、無事に産まれたよ。男の子だよ」
「おお…」
久吾と富美恵は紅潮した顔でお互いを見合わせ、嬉しさを露にする。
「でかしたぞ晋吾!」
「おめでとう晋吾!須美江さんの方は?」
「ああ、母子共に健康だよ」
「良かったわねぇ…」
富美恵の目は潤んでいた。
「母さん、一杯飲もう!ワシ達にとって、初めての初孫だ」
久吾の言葉に、晋吾の顔は険しくなった。
「父さん!」
〈しまった!〉と言う顔で、久吾は額に手を置いた。
「…すまん、…浮かれてしまって。ついバカな事を言ってしまった」
富美江は久吾を見つめたまま、たしなめる。
「そうですよお父さん…真由美が可哀想じゃありませんか」
「そうだな。バカは死ななきゃ治らんな…」
晋吾は、いつもの穏やかな表情に戻っていた。
「父さん、真由美をお風呂に入れたら一緒に飲みましょう」
晋吾は真由美を連れて風呂場へと向かった。
翌日から、晋吾にとって慌ただしい日々となった。朝は真由美を保育園へと送り出し、夕方から夜に掛けては須美江の見舞いに真由美の世話にと。
ただ、不思議と疲れは感じなかった。息子を持つ喜びと責任感が彼を駆り立てた。しかし、多忙のために、名前を考える余裕の無いまま、須美江と息子の退院日を明日に迎えてしまっていた。