Memory-9
『これは?』
『えっと……。何だったかなあ。思い出せそうな気もするんだけど…。』
眉間にしわを寄せ、彼女は答えた。アルバムをめくる度に、俺は手に汗を握る。楓と改めて付き合いだした、あの日から1ヶ月たとうとしていた。楓の記憶が少しづつ確実に消えていっているのを痛感し、胸が痛い。そんな俺の様子に気づいたのか、楓は、
『休憩しよっ。』
と明るく口調で言った。
『そうだな。』
俺もアルバムを閉じ、明るい声を作った。
最近は昨日起こった事も少し曖昧になってきている。彼女の母からの聞く話によると、記憶を完全に失うまで、2ヶ月あるかないかだという…。毎日が死へのカウントダウンに思えて、苦しいというのが正直な気持ちだ。今は記憶を少しでも長い間維持させようと、アルバムをめくるぐらいが、せいぜいの治療法なのだった。しかし、絶対に逃れられない死を目前に、そんな治療法は無駄な努力のようにも感じられ、俺は度々無気力になる。
『…ん??』
気づけば、楓がじっと俺を凝視していた。
『何??』
『ん〜…涼介って格好良いなぁって思って。』
『はっ!?』
ためらわずに言った彼女の言葉にに俺はむせかえりそうになった。
『だって、整った顔してるし…冗談も言うけど、クールな一面もあるし…モテそうだな〜って。』
まぁ確かに俺は過去バレンタインチョコを87個獲得したという伝説を持っている…というのは嘘だが、それでも毎年、知らない女の子に何個かもらっている。
『んなモテてね〜って。』
笑って彼女の背中を叩く。
『え〜本当かな〜』
楓が唇をとがらす。
『何??ヤキモチ??』
俺は顔をニヤつかせ、楓を見る。
『何それー!違うよ〜。』
楓はますます頬を膨らませた。なんだか微笑ましい。
ふと壁にかけられた額つきの絵が、俺の目に飛び込む。太陽が海と空の境目から半分顔を出してる朝の海岸の絵だ。
『朝の海って綺麗だな〜』
『ふぇ??』
膨らんでいた楓の頬が、しぼむ。
『ほら、あれあれ。』
俺が壁にかかった額を指さすと
『あぁ、あれか〜』
と、楓は何度かうなずいた。
『朝の海か…。行ってみたいかも』
楓はテーブルに頬づえをついて、うらめしそうに額を眺める。
『…行ってみる??』
俺は絵を眺めたまま言った。
『うん…。って、ええっ!?』
思いもよらない言葉に、楓は仰天し、俺の顔をまじまじとみる。
『行ってみようよ海。…朝日見に。』
そんな彼女の顔をのぞきながら俺は言った。
『本気で言ってるの??』
『もちろん。』
俺は頷く。
『…う〜ん、、分かった!行こう!朝日見に。…送り迎え使用人に頼んでおくわ。日はいつにしようか??』
彼女は壁にかけられたカレンダーを眺める。
『いや、2人で行こう。』
『そりゃ使用人には車の中で待っていてもらうわよ。』
楓は俺を一瞥して、またカレンダーに視線を戻す。
『いや、自転車で行こうってこと。』
『…ええっ!』
またもや楓は俺の顔をまじまじと見た。
『俺が自転車こぐから、後ろに乗ってさ。』
『何でそんなわざわざ自転車で…。』
楓は不思議そうに俺を見た。
『何かこう本当に二人だけ…って言う思い出が欲しいんだよ。』
"楓が死ぬ前に"…この言葉は彼女に向かって言えないし、第一言いたくない。俺はまだ楓が死ぬなんて考えたくなかった。
『うん…。』
俺の発言の裏の言葉をきっと楓は理解したんだろう。彼女は俺のTシャツのすそをキュッと握り、頷いた。