願い-10
いつの間にか呪われた人形としてとして有名になっていた私は、殺人犯の女に持たれていたとして余計に畏れられた。処分しようにも恨まれて祟られてはかなわないと誰もが処分を嫌がるので私は山の奥に棄てられた。
「人喰い魔女」の住むという山に。
「おやおや、久しぶりにお客さんだねぇ」
黒衣の布を被った老婆はそう言って捨てられていた私を家に連れ帰った。
質素な家、土作りの壁は所々綻びがあるし、トタンの屋根はガタガタと風で揺れていた。家具は必要最低限しかない。 魔女というと怪しい道具が敷き詰まった部屋で悠々自適に暮らし
ているイメージのあった私としてはこの光景は不思議なものだった。
『魔女って貧乏なのかしら』
「貧乏ではないさ、でもこれ位でいいんだよ。魔女が立派な家に住むと余計に嫌われるだけだろう?」
魔女はそう言って笑うものだから私は焦る。
『えっ、今私の質問に答えた?偶然……?』
「魔女なんだよ、人形の気持ちくらい解るさ。お嬢さん」
そう言って魔女は、私に微笑み掛けた。黒衣を外すと白髪に皺の刻み込まれた顔、細い目から覗く瞳はとても穏やかな色をしていた。それはだたの老婆にしか見えなくて彼女を「人食い魔女」と呼ぶには無理がある。
『アナタは本当に人食い魔女なの?』
「ああそうだよ、ちなみに半世紀前は切り裂き魔女で、一世紀前は毒撒き魔女なんて呼ばれている時期もあったねぇもっと前はもう忘れてしまったよ。皆噂で勝手に名前を付けるもんだから困ったもんさ」
そう言って小さく笑うと皺が一層と増えた。魔女も大変なのね、と言うとそうね、と言ってまた皺を刻んだ。
「あぁでも嬉しいね。お嬢さんが来てくれた。やっと独りではなくなるんだね」
皺枯れた声が震えていた。
『魔女だって寂しいのね』
「そうだね、誰もが私を畏れて逃げていく、私はずっと独りだったでもあんたが来てくれた。私はやっと独りじゃないんだねぇ」
誰にも必要とされない気持ちは痛い程に知っていた。だからこそ余計にその言葉が身に染みる。私を必要だと言ってくれる人がいる。
私はその時初めて心から「生きたい」と思った。
魔女との生活は穏やかなものだった。
毎日決まった時間に起きて決まった時間に寝る、丹精込めて調合したという土に野菜の種を撒き水をやる、雑草が生えたらきちんと抜いて、これまた丹精込めた肥料もやる。そうして育った野菜を思考を凝らした料理に使っていい味になったら料理のレシピを作る。人間の焦った時間の使い方とは違う、ゆっくりと時の流れを感じる生活だった。
魔女も私も永遠にこんな時間の流れが続くと思っていた。
けれど、魔女は死んだ。