ウソ×A-5
「………………は?」
これまでの行動とかけ離れ過ぎてて、聞き返すので精一杯。
こいつ、どんだけデリカシーが無いの?
人をからかって馬鹿にして泣かせといて、挙句に出てきた言葉が好きだぁ?
「あんたいい加減に―」
「好きな女が不倫してるって知ったら、どんな手を使ってでも邪魔するだろ」
「だからってあんなやり方ないでしょ!?大体あんたこの前別れたばっかじゃん!」
「ならお前を好きになってもいいじゃねぇか」
「…そうかもしれないけど、でもあたしは」
「お前は酔った勢いで俺と寝たんだろうけど俺は違うぞ」
じりじりと距離を詰めてくる小松から逃げるように後ろに下がるが、狭い廊下ではあまり意味がない。すぐに背中は壁についた。
涙が濡らした頬はいつの間にか乾いていて、そこに触れてきた手はさっき口を抑えてきたそれとは別人の物みたいに優しく温かい。
「どうせ何も覚えてないんだろ」
「…だって」
「俺は絶対忘れないからな」
至近距離直球の告白に、息が止まるかと思った。
やめてやめて。
心臓も顔も素直に反応しないでよ。このままじゃ完全に小松のペースに飲まれる。
「…帰って」
「主任と別れろよ」
「帰って!」
「嫌だね」
「いいから帰れーっ」
吹っ切るみたいに叫んで立ち上がると、小松の手を取り強引に外へ引きずり出した。
「松田!」
「うるさいバカ!」
「別れるまで待っててやるから、別れたらすぐ俺んとこ来い!」
「命令すんな!」
「来いっつってんだよ、バカ!」
「うるさいっつってんのよ、バカ!」
「バーカ!」
「バーカバーカ!」
追い出してドアを閉めると同時に鍵をかけチェーンロックをする。
「はぁはぁはぁ」
呼吸がおかしい。心音がうるさい。でもそれ以上にうるさいのは―…
『松田が好きだ』
「ああぁああぁっ」
かき消したくて叫んでも鼓膜にこびりついて離れない声。
忘れたわけじゃない、数分前にあいつがあたしに何をしたか、ついさっき小松を嫌いだって思った事も。
洗面所に飛び込んで冷水で顔を洗って鏡を眺めた。
そこに写るあたしは目を潤ませ顔を赤く染めた、完全に恋する乙女モード。
小松はただの同僚。それ以上でもそれ以下でもない筈だったのに、心はそれ以上を求め始めていた。