セックスライフ-1
奥行き2メートルもある拾いベランダで、燦々と輝く太陽に向かって重い溜息をつく女。
「ヤバッ、鬱っぽい! テンション上げなきゃ」
女は、もうひとつ溜息をついてから踵を返した。
女の名は神崎彩、今年32歳。
十八歳のときにグラビアモデルとして一世を風靡した。
当時では考えられないほどの、存分に肌を露出した奇抜な衣装。さらには、世の男性を釘付けにして止まなかった独特のダンス。
抜群のボディが織り成す卑猥な動きは、若い男らの性欲を猛烈に刺激した。
いまはアルゼンチンタンゴやベリーダンスを好んでやっているが、それらの踊りも十分にエロスを感じさせる。
『学際の女王』とまで言われた神崎彩は、人気絶頂の時にいきなり結婚して芸能活動停止を宣言した。
ただ、その結婚生活も5年で幕を閉じた。
もともと自由主義の彼女にとって、結婚というシステムはあまりにも不条理なことが多かった。
離婚後は、過激なヘアヌード写真集を引っさげての芸能界復帰。
一度沈んでしまった名前だが、この写真集であっさりと人気を取り戻した。
その後は、バラエティやグラビアを中心にコツコツと芸能活動していた彼女……が、しかし、エロ大国日本において、裸というのはすぐに見慣れ飽きられてしまうもの。当然、彼女の人気も低迷しはじめた。
仕事が減っていくなか、彩は自身の告白本を執筆。
その中身は、とても芸能人が書いたものとは思えぬくらい卑猥な言葉で綴られており、また、書かれている体験内容も、エロスに肥えている日本男性らを興奮させるには十分なものばかりだった。
神崎彩は、芸能人として、官能作家として、じつに三度自分の名を世間に浮上させたのだ。昔取った杵柄も手伝い、神崎彩=エロスの図式が確立した瞬間でもあった。
今や『性』を生業にしている彼女。
一昨年は、告白本を映画化した作品がバカ売れした。主演は、もちろん神埼彩本人。
体当たり演技が評判となり、多くのスポンサーもついた。
昨年、前作の続編となるものを撮った。だが……他作品と比べると断然な売上をあげているのだが、周りの思惑からすれば数字に伸びがなかった。
監修にも携わった彩自身、典型的なマンネリ作品になってしまったと後悔している。
そんな彩も今年で32歳。
熟してきた身体は、昔のような張りを少しずつ失いかけていた。
重力に喧嘩を売っていた92センチの乳房は、今や弱腰になってやや垂れ始めており、キュッと引き締まっていたヒップには柔らかな脂肪がついて豊満さを増している。
世間的には、さらに妖艶さが増した厭らしい身体―――そういう風に見てくれるかもしれない。しかし、全身を鏡に映すたびに彩の口からは溜息が出るばかりだった。
本人主演のエロス映画、そう長くは続けられないだろう。
誰よりもそう感じていた彩は、昨年に発売していたフィクションの官能小説を、今年実写化することに決めた。
ただ、これを決めるにあたっては相当の覚悟と躊躇いがあった。
というのも、内容があまりにもハードなのだ。
この本を手にした男性らを、活字だけで何度もイかせる……その思いで妄想を広げながら書いた小説。
その内容には、イラマチオや浣腸といった、マニアックな描写も含まれているのだった。
もしこれを実写化するのであれば、『これはさすがに出来ないな……』なんてことは言えない。
擬似なしのモザイクなしというのが彩のポリシーで、以前の作品でも、自慰から挿入まで本気でやっている。もちろんそのことは少数の映画スタッフしか知らないが、放尿まで擬似なしでやってのけた。
エロさを重視しながら絶妙なアングルで秘部や結合部分を隠した作品。
アダルトビデオとも映画とも違う、まったくもって新しい『ポルノ』として彩の作品は取り上げられていた。
生まれ持っての淫靡な性格と淫蕩の血。
『性』への追求心は年を重ねるたびに強くなり、貪欲になっている。
神崎彩に妥協の文字はなかった。