還らざる日々〜last〜-8
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昼過ぎから聡美が住んでいたアパートの前で、尚美は彼女の帰りを待ち続ける。
だが、もう夕方だ。彼女は聡美がもう住んでいない事を知らなかった。
足元にはタバコの吸い殻が無数に落ちていた。
〈今日こそ、あの女と決着を着けて、もう一度一生を私のモンにしたるんや〉
その思いだけが、尚美をこのような行動に衝き動かしていた。
空の色は、暖色から紅と紫が混じりあう夕方の風景に変わった。
風が冷たくなってきた。4月とはいえ、夕闇が迫れば昼間の陽気は消え去ってしまう。
「クシュン!クシュン!」
尚美の身体に寒さが宿り、震えが走った。
〈このままじゃ風邪引いてしまう。今日は帰るか〉と、思った時、向こうから足音が聞こえてきた。
彼女は息を呑んで目を凝らす。が、外灯に照らされたのは子連れの若い母親だった。
尚美は落胆した。その親子は聡美が住んでいたアパートの住人だった。
彼女は思い切って、その親子に訪ねた。
「あの…」
尚美が遠慮がちに小さな声で母親に訪ねる。母親は怪訝な表情で彼女を見た。
「なんでしょうか?」
「このアパートの202号に住んである方を訪ねて来たんですが、留守なもので…いつも何時ごろお帰りなんでしょうか?」
母親は少し考えてたが、突然、思い出したように尚美に言った。
「202号?…ああーっ!竹本さんね。あの娘なら実家に帰ったわよ」
「エッ!実家に帰りはったんですか?」
「ええ。彼女、看護師の専門学校生だったけど先日卒業したのよ。
だから、実家の〇〇に帰ったらしいわよ」
母親に礼を言って帰る尚美の気持は晴れやかだった。
〈あの女さえ居なくなったら、一生はまた私とこに帰ってくる〉
そう思っていた。
尚美はアパートに帰り着くと、早く風呂に入って暖まろうと階段を駆け上がった。
玄関からキッチンを抜ける時、〈カチャン〉と音がした。
床に何かを落としたのだ。彼女がしゃがみ込むと、落ちていたのは折り畳みの果物ナイフだった。以前、彼女が買い求めたモノだ。
尚美はナイフを拾いあげ、キッチンに置くと、バスルームへと向かった。