還らざる日々V-6
「となり良いかな?」
遅い昼休み。社食で昼食を摂っている尚美の前に、田嶋がトレイを持って立っていた。
彼女が軽く会釈すると、彼はテーブルの向かい側に腰掛ける。
彼の名は田嶋晋也。
30才と若いが、靴売場の副マネージャーであり、尚美の上司だ。
「…あの…都田さん…」
田嶋に話掛けられた尚美は、顔を上げた。
「食事中に悪い…さっきの件だけど、アレはまずいよ。何があったかは知らないが…」
「…申し訳ありません」
尚美はうなだれて経緯を語り始めた。田嶋は彼女の話に時には頷き、〈なるほど〉などと言い分に耳をかたむける。
話を聞き終えた田嶋はしばらく考え込んでいたが、やがてテーブルから前のめりになると尚美に呟いた。
「都田さん。今晩空いてるかな?いい店があるんだ。詳しい話を君としたいんだが…」
田嶋は普通に言ったつもりだったが、声が少し上ずっていた。
尚美も、一生との事から溜ったフラストレーションを紛らわしたい気分だった。
「はい。分かりました。お願いします」
彼女の返事に、田嶋は思わず顔をほころばせた。
「田嶋さん、遅いですよ」
待ち合わせ場所に現れた田嶋は、息を切らせている。
「…すまない……会議が…長引いて…さあ!行こう…」
2人はタクシーに乗り込むと、け〇き通りへと向かった。
着いた場所はけ〇き通りの外れで、古い茶屋風のたたずまいをした店だった。
入口に道場や相撲部屋にあるような大きな板に〈八〇代庵〉と黒文字が彫ってある。
「予約した田嶋ですが…」
カスリの着物を着た若い女性従業員に案内され、2人は奥に通された。
〈こちらになります〉と通された部屋は、8畳ほどの広さの板間に1畳ほどの大きさの囲炉裏が中央に構えている。
すぐに大皿に盛られた食材が運ばれて来た。田嶋が予約したのだろう。
皿の食材は季節の有機野菜に鹿やイノシシ、ハトなど、野趣あふれる肉類。
それらを塩とハーブだけで、囲炉裏で焼いて食べる。しかも、飲み物は日本酒かワインだけという徹底ぶりだ。
「都田さん、日本酒は?」
「平気ですよ。むしろ好きです」
「へぇ。女性で日本酒好きなんて、珍しいね」
一生と飲んで以来、尚美は地酒好きになっていた。田嶋は、〈雪〇梅〉の吟醸を注文した。