還らざる日々U-4
「じゃ、土曜日に…」
そう言って玄関を出て聡美の方に振り向くと、ゆっくりとドアーを閉めた。
階段を降りながら一生は思った。
〈自分1人なら今の仕事を辞めても良い…しかし、それは出来ない〉と。
彼には母親がいる。父親は、彼が8才の時に他界した。
それから高校卒業までの10年間、母親の苦労を彼は見てきた。
だから、高校に入学してからは母親の負担を少しでも減らそうと、バイトに明け暮れた。
そして就職してからは、自身の給料から半分を母親に渡していた。
〈自分が家族を支える〉
一生はそう考えていた。だからこそ、自分が家を離れるわけにはいかなかった。
彼はバイクに跨るとため息を吐いた。
───
部屋を斜めに張られたロープに干された洗濯物の下、尚美はテレビを見ながら遅い昼ゴハンを食べている。
メニューはパスタ。といっても乾麺を茹でて缶詰のミート・ソースを和えただけのモノで、それに粉チーズを掛けたものだ。
相変わらずため息まじりに一口々食べている。半分くらい食べた頃、彼女はおもむろに受話器に手を伸ばし、ダイヤルを押した。
待つのも、もどかしいコール音の後、出たのは一生本人だった。
「はい、浅井ですが…」
心の準備が出来ていない状態で一生の声を聞き、彼女は反応出来ずに黙ってしまった。
「もしもし?…もしもし」
尚美は気持ちを落ち着かせると、受話器に向かう。
「もしもし…私…」
それ以上、言葉が出ない。
一生は〈嫌な時に嫌なヤツが電話してきたな〉と思った。
「ああ、昨日から連絡してたらしいな。すまなかった。何か用だったのか?」
〈用がないと電話したらあかんの!〉と、喉から出そうになるのを抑えて尚美は答える。
「今日、私、暇やったから…」
「しばらく仕事が忙しくてな。前に話した新しい機器の運用を任されてな。
夜か休みに調整してるところさ。今度の日曜の夜にも行くから…」
〈何で日曜夜にしか…〉と、言い掛けたが、会える嬉しさがそれを上回る。
「分かった!…待ってる」
「何か美味いモン作ってやるよ」
一生はそれだけ言うと電話を切った。
尚美は、まだ伝えたい事があったのか〈あのな…〉と言葉を続けるが、電話はすでに切られた後だった。
彼女はゆっくりと受話器を元に戻し、哀しげな表情でしばらく電話機を見つめていた。