還らざる日々T-1
そこは私鉄駅近くにある、雑居ビルの7階。
通りに面した窓際に設けられたテーブルのみで構成された店。
一生達は空いているテーブルに着いた。
「へぇ〜、静かな場所やねぇ…」
窓の外、地上の喧騒は音が無く、色彩だけが眼下に広がる。
尚美はしばらく、その景色を見つめていた。
「中華の店じゃ珍しいだろ」
彼の声に、視線を窓から移す。
「お勧めは?」
「この1万円コース1人前を2人で食べたらいいよ」
一生がウェイトレスを呼んで、料理を注文する。
しばらくして、食前の紹興酒が運ばれて来た。2人はグラスを持った。
「3日遅れたが、誕生日おめでとう」
「ありがとう」
「幾つになったんだ?」
「…21」
グラスを重ね、尚美が口元に持っていこうとすると、一生が呟いた。
「結構キツイからな…」
一気に流し込む一生。アルコールが、喉から胃にしみていくのが分かる。
尚美は舐めるようにしてわずかに飲んだ。
次々と料理が運ばれて来る。それに合わせて一生がビールを注文した。
「なんで途中でビール頼むん?」
「一緒に注文すると、ビールだけ先に来るだろ。だからな」
四川料理だから全体的に香辛料を多く使った料理が多く、最初は辛さが際立っていた。
しかし、舌が段々慣れてくると、次第に旨味を感じるようになり、ビールとの相性も抜群だった。
食事の最中、一生が彼女に尋ねる。
「そう言えば、何の仕事をやってるんだ?」
「私、…ドコと思う?」
彼は尚美の顔を覗き込むと、おもむろに答えた。
「う〜ん、固い商売じゃないな。…どこかの販売なんか向いてるんじゃないか?」
その言葉に、尚美がびっくりした顔で一生を見返す。
「何で分かんのん!そうか。最初に会ったコンパの時、会社名聞いてたやろ?」
「オレは知らんぞ。何処かの販売員か?」
頷く尚美。
「〇〇1階の靴売場に勤めてん」
「あのリー〇ルとかミッ〇ーニ売ってる店か?」
「そうそう!アンタよく知ってるな」
「昔、就職する時に行った。あまり若者向きじゃないがな…」
「〇〇のイメージが有るからな」
「そのうち買いに行くよ。今履いてるヤツが大分古なってきたから…」
軽く料理を食べ終わり、暖かい烏龍茶を飲む。
食べた脂分がスッキリと流される感じだ。