還らざる日々T-11
「一生!」
湯船から上がり身体を洗っていると、母親が呼ぶ声がした。
「何?」
「都田さんて女の人から電話が入ってるけど?」
昨日あれだけ言って一方的に電話を切ったから、もう2度とかかってこないだろうと一生は思っていただけに〈何故また?〉と不思議に思った。
「どうする?」
「コッチからかけ直すよ」
一生はそそくさと風呂を済ませると、寝間着代わりのジャージに着替えた。
髪のしずくをタオルで拭いながら、電話の子機を持って自室へ向かった。
ベッドの隅に腰を降ろして電話を掛けた。数回のコール音の後、彼女が出た。
「もしもし、都田ですが?」
「浅井やけど」
「………」
尚美は一生の声を聞くなり黙ってしまった。
「どうした?何か用事があって電話したんだろ」
「………」
一生はわざと突き離す。
「用が無いなら切るぞ」
「まって!」
「何?」
「昨日の事ごめんなさい。ちょっと…酔ってて、色々迷惑掛けて」
「分かった…」
次の瞬間、尚美の声に明るさが戻った。
「ありがとう!良かった。私、嫌われたと思うた」
受話器越しに彼女の声を聞いている一生も、彼女の声の変わり様に思わず笑みが浮かぶ。
一生が尚美に訊いた。
「明後日の土曜日空いてるか?」
「早番やから多分、大丈夫やけど何で?」
「この間は色々あったから、誕生祝いのやり直しだ」
「…ホンマ?」
「土曜日の…そう、夕方6時に地下街の〇〇にしようか?」
「分かった。めかし込んで行くから」
「じゃ、よろしく」
電話を切って一生はベッドに横たわった。
ふと、この関係の行末を考えていた。
〈何故、自分はこの電話をしてしまったのだろう。
居留守を使うとか、2度と電話をするなと言えば尚美との関係は終わっていたのに。
心の中では、親密になる事を望んでいるのか?〉
自問自答する一生。その思いが、インクの染みのように頭に広がり、不安感を煽っていた。