一夜-5
「聞いたけど意味分からないのよ。それであなたなら何か知ってるかと思って電話してみたの。いい?言うわよ。『姉さんを咎めないでくれ。悪いのは俺なんだ。制裁は俺が受ける。母さん、どうか姉さんと絶縁なんかしないで』という内容だったんだけど……これってどういう意味?あなた達、何かあったの?」
お母さんの話を最後まで聞かずに、私の足は外へと駆け出していた。靴を履く事も忘れてエレベーターに飛び乗り、マンションの外に出た所で耳を貫くブレーキ音に襲われた。
「あぶねえな!どこ見てんだ!」
トラックに乗った男に窓を開けて怒鳴られる。後少しで引かれてしまう所だった。いや、寧ろ、あのまま飛び込んでいれば良かったのかもしれない。思い出したように涙が溢れる。嫌な予感が的中した。
どうして……安里、安里。私だって同罪なのに。私を一人にしないで。 自分の手で肩を抱き締める。あんなに近くで触れたのに……温もりを噛み締める程に安里の存在が消えてしまいそうになる。
「どうしてよ……私を置いていかないで」
あなたが居れば何もいらなかったのに。あなたと一緒なら何も恐くなかったのに。
その場に崩れ、顔を覆う。
昨晩、私の耳元で囁いた『幸せになれ』の真意を私は履き違えていた。安里はあの日を最後にするつもりだった。
私は昨日安里が含んでくれた指を舐めた。それだけで、身体の中が熱くなっていくのが分かる。 刹那的な情愛が色濃く甦る。
「安里……愛してる。いつまでも」
私は枯れ葉の舞う、切ない秋の空にそっと呟いた。
もう引き返せない。他の誰かなんて考えられない。例えそれが、許されない愛だとしても。
安里のいなくなった部屋で、私は彼を待ち、彼の温もりに陶酔するだろう。未来の自分を見なくても分かる。私は十年後も二十年後も、こうして安里に支配されている。一夜の愛に溺れたまま。