一人舞台-3
「仁志君の小説は魔法のようね」
朋子とは大学のサークルで知り合った。薄い化粧に茶色がかったショートカット。他の女の子と比べてもあまり目立つタイプではなかった。そんな朋子が俺の小説を読んで初めて話し掛けてきた。
「ありがと。でも俺の小説は偏屈だからね、大衆にはウケないよ」
「そうかなあ。あたしは好きだけど。なんていうの、ほら、世界全体が感情を持ったように泣いたり笑ったりして見えるじゃない? 仁志君が、じゃなくて、この小説が生きてるのよね」
そう言って笑う彼女の第一印象は向日葵だった。
俺達は自然に、当たり前のように惹かれ合った。その時は趣味のように小説を書いていて、できた時読んでくれるのは何時も朋子だった。
「仁志君もっと勉強しなよ、それでもっと広い世界に出るの!」
小説を読んだ後、朋子は決まって俺の背中を押した。
「なに言ってんだ、いいんだよ俺は。朋子に読んで貰えれば」
朋子の口が膨れる。
「ダメよお。だってこんな素敵な才能があるんですもの」
朋子は気恥ずかしい言葉を平気で口にする。
「朋子は身内だからだよ。他人はそうじゃない。現にサークルのみんなも教授もつまらないって言ってた」
途端に彼女の目から光が消えた。落胆した様子が言葉を交わさなくてもよく分かった。
俺は小説なんてなくても幸せだった。彼女さえ居れば、それだけでよかった。