花火-1
ボンボンと太鼓の音が鳴り響く。あちらこちらで浴衣が涼しげに踊り、たこ焼きの焼ける匂いが辺りを包む。右を見ても左を見ても、人、人、人。私は完全に迷子になっていた。
町一番の大きな祭、この日が楽しみで、一度は見てみたかった。下準備を重ね、やっとの思いでここまで来たのに人の波に埋もれてしまった。
私は下を向いてため息をついた。虚しく私の足を誰かが踏ん付けていく。
こんなに人が多いなら浴衣なんて着てくるべきじゃなかった。もう腋の下がべたべたになって気持ち悪い。何より、私の目の高さには何処を見ても人の背中。その先が一向に見えなくて、だんだん気分が悪くなる。
人に酔ったのかも。私は口を手で押さえた。
「大丈夫?」
ふいに横から声がした。私はめまいに襲われてそのうち意識が遠退いた。
「大丈夫?」
目の前に少年の顔があった。私と同じ歳くらいだろうか、十四、五歳くらい、真っ黒のサラサラの髪、つぶらな瞳、Tシャツにジーンズ…彼の姿を見つめているうちに私は我に返った。
「ここ、どこ!」
勢いよく起き上がると、ベンチから落ちそうになった。
「心配しないで。お祭りの会場の隣にある公園だよ」 少年は私の膝の上に落ちた、濡れたハンカチを拾い上げる。どうやら私の頭を冷やしてくれてたらしい。
「運んでくれたの?」
「うん、気失っちゃったし。君、友達とかは?連絡しなくていいの?」
私は首を横に振る。
「親と来たの?じゃあ迷子だ」
そう言うと少年は立ち上がり私の手を掴む。
「ここに来る途中、交番があったんだ。行こう」
少年は笑顔を見せると公園の出口へと私を引っ張る。これはまずい。交番なんかに連れて行かれたらお祭りを楽しむ所じゃない。
「離して!」
私は少年の手を振りほどいた。少年は振り返り目を丸くする。
「どうして?迷子なんだろ?交番に行ったらお父さんとお母さんに会えるんだよ」
私は少年の言葉に、煮えたぎる感情が込み上げるのを覚えた。
「私には、そんなのいない。親も友達も…私には誰もいない!」
少年が何か言っていたけど、私は無視して走り続けた。真っ暗で生温い風の中、掛け声に合わせる太鼓の音が耳を掠める。
『必ず、迎えに来るからね』
そう行ってお母さんは私の手を離した。私が六歳の頃だった。施設での生活はそれなりに楽しくて、取り分け驚くようなトラブルもなかった。だけど、私には夢があった。そう、一度はこのお祭りに、私の生まれた町のお祭りに参加したかった。
施設を飛び出して、憧れの浴衣を着て、夜店に並ぶ。焼きそばに、唐揚げに、かき氷。
花火が大空に咲き乱れて、私は一人はしゃぐ。楽しくてしょうがない。一年に一度の、夏からの贈り物。
楽しい、楽しいよ。私は一人でも、お母さんがいなくったって。友達がいなくったって、私は平気。だってこんなに綺麗な花火が私と向かい合っている。
一筋の涙が私の頬を流れた。草が私の肌を撫でる。
私は草の中に寝転びながら打ち上がる花火を見つめる。笑っているはずなのに、なぜか涙が止まらない。
誰もいない空き地の中には花火の音と、太鼓の音。そして私の泣き声が聞こえるだけ。
「どうして泣いてるの?」 頭の上で声がした。目をやるとさっきの少年が上から私を見下ろしている。