特進クラスの期末考査 『淫らな実験をレポートせよ』act.8-2
「それは出来ない。俺のポリシーに反する」
大河内はさも当然そうに語り、長い足を組み直した。「…藤塚は俺が好きだろ?」
自信たっぷりに言う大河内に愛美はヒステリックな声を上げた。
「は?あんたなんて大っ嫌いよ」
愛美は突然の大河内の台詞に眉をひそめて反論する。
「くくくっ、そうか。嫌い、ね。じゃあ何でココにいる?」
大河内は唇を歪ませて更に続ける。
「普通、嫌いなら課題なんてやらないで、さっさと教育委員会にでも何処でも突き出せばいい筈だろ」
大河内が椅子から腰を上げて愛美に一歩近付いた。
「撤回なんて話の種だろ。お前は俺に課題を何とかして欲しかった。だろ?」
「自信過剰なんじゃない?」
愛美は呆れたと言わんばかりのため息をついた。
「大半は俺に惚れてると思うが?」
「あんた結構馬鹿でしょ?」
「現実から目を背けるな。因みに馬鹿って言うな。俺は先生だ」
「口を開かない方がいいんじゃない?馬鹿が丸見えよ」
「一言で言い表せないのも俺の魅力なんでね」
そう言いながら距離を詰める大河内。余裕で悪態を吐きながらも愛美はじりじりと後退して距離を確保しようとする。
一歩詰めれば一歩下がる。
余裕を見せ合う二人だが、愛美の背中が扉にぶつかり、かしゃん、と小さな音が響いた。
「俺が好きだろう?」
「意味解んないから」
「俺に抱かれたいだろ?」
「頭の病院行ったら?」
「お前、俺が好きになるぜ。自分から抱かれたいぐらい」
「もう少し人の話を聞いたら?」
「お前こそ聞けよ」
「あんた何様よ」
靴がふれた。上から目線だけを下ろす大河内に、負けはしないと愛美は睨みつける。
「お前、腹立つな」
大河内はそう言うと愛美の顎を片手で掴み上を向かせた。
「それはどうも」
「黙れよ」
「じゃあ離して。さわらないで」
もう一方の手で紺色のフレーム眼鏡をスルリと取り上げる。
「何するのよ」
顎を押さえられ、背中はドアで行き場がない。眼鏡が無くてもはっきり見えるほどの近さにいる大河内の顔を、愛美は歯を食いしばって睨んだ。
「俺が課題の相手になってやってもいいんだぜ?」
耳にわざと息が掛かる様に大河内が囁いた。その低い声がざわりと背中を駆け降りる。
「俺が一つずつ丁寧に教えてやる」
そして愛美の反論する間も待たずに、大河内の唇が降って来た。煙草臭いその薄い唇が…
「っぅ…」
瑞々しい唇とぶつかって形を歪ませた。愛美の目の前にあるのは形のいい頬から顎のライン。肩越しに夕焼け空が見えた。
目を見開きショックを受ける愛美だが、大河内はしてやったりとキスを加速させるばかり。
軟体動物の様に蠢く舌を上顎に擦りつけたり、怯える愛美の舌を引っ張り出して絡めたり。縦横無尽に蠢く舌は、いつものやる気の無い大河内とは正反対だ。くちゅくちゅと唾液の混ざる音が耳に響く。
しかし、その時
ガガッとスピーカーの音に続き、ピンポーンと少し間抜けに響く電子音。
『大河内先生、大河内先生。お客様がお見えです。至急職員室にお戻り下さい』
「…っやめ、んうっ」
我に帰った愛美が目を白黒させて唇をもぎ放そうとするが、唇の端からは二人の唾液が線を作って流れて行くだけだ。
なんと言うタイミングだろうか。愛美は誰かに見られているかも知れない、との恥ずかしさで一杯だった。