太樹と紀久2-4
太樹が去った後、昂介が紀久に近づいてきた。
「こないだの演奏会すごい良かった」
「来てたんだ」
「うん。修也さん、カッコよかったなあ」
紀久は耳を疑って、ポカンとした。初搾りだの初釜だの言いながら、いつも自分の尻をまさぐったり、前を揉んだりしてくる修也のどこがカッコいいのか。
「どこが?」
「優しそうだし、賢そうだし」
「どこが!」
誰か別の人と勘違いしているに違いない。
「笑いも取れるし」
変な人なのは間違いない。
「あれってホントに口つけてたの?」
あれ、というのは演奏会第2部でのこと。聴きに来てくれる地域の親子連れのために、アニメソングや童謡を演奏し、その合間に部員が曲にちなんだ寸劇を披露する。王子に扮した紀久が口づけするフリをしたら、お姫様役の女装した修也が目を覚ますことになっていた。
ところが本番で紀久が顔を近づけると、修也のお姫様は手を伸ばして王子の頭をぐいと引き寄せ、ホントに唇に口をつけてきた。振りほどこうとあがく紀久の頭をつかんで離さず、数十秒にわたって熱烈な接吻を強要したのだ。小さな子供たちは大喜びで、大人や生徒たちも大笑いだったが、やはり教育上よろしくない と、修也だけでなく紀久まで後で注意を受ける羽目になった。
「...うん」。紀久が答える。ファースト・キスだった。
「いいなあ...」。昂介が羨ましそうに、ため息まじりにいう。
「何が!」
「俺も吹部入っとけばよかった」。そういって紀久のわきの下をつつく。
「触るなって」。くすぐったがりの紀久が笑いながらいう。
「キク、修也さんと仲いいもんなあ、羨ましい」。今度は胸の突起を触る。
紀久はサックスを持ったまま、逃れようと、声を上げて体をくねらせた。そこに、
「コラ! サッカー部! キクに手ぇ出すな」
声の主は、噂の「カッコいい」修也さんだ。さっと、昂介が紀久から離れる。修也は紀久に近づくと、すかさず尻を撫で回す。
「キクは俺のもんだからな」
尻を触っていた手は肩に回し、もう一方の手で紀久の股間を揉みしだきながら、昂介をにらみつける。
「はい」。昂介は笑顔で答えると、走って部活に戻っていった。
「確かに、修也は成績いいよ」
学校近くの太樹の家に昼ごはんを食べに行った際、紀久は昂介の話を太樹に確かめてみた。このごろは毎日、太樹の手料理をご馳走になっている。
「そんなに勉強しなくても、いい点取るタイプだな」
世の中何か間違っている。
「演奏会のときもすげえカッコよかった。俺もドラムやってみたいって思ったもん」
紀久は少し納得した。演奏会第2部でパーカッションは中央の目立つ位置にあった。昂介だけでなく、太樹もカッコいいというぐらいだから、客観的に見れば、シューさん実はカッコいいのだろうか。人のいい紀久は、修也を見直してみる気になった。食後、紀久は眠くなって、太樹のベッドで横にならせてもらった。眠いことは眠いが、暑くて、どうに も寝苦しい...
...窓から入る風が気持ちいい。ただの夢だったのか、本当にあったことなのか、まだ判断がつかない。夢にしては生々しすぎた。まだ体に、痛みと快感が残っているような気さえする。横向きに寝たまま目を閉じていると、いきなり顔に何かを投げつけられた。起き上がって見ると、パンツだ。
「それ、やる。シミ付きだけど一応は洗ってあるから」
太樹は、ほかにビニール袋と濡れタオルを机に置き、すぐまた部屋を出て行った。紀久は、汚した下着を脱いでビニール袋に入れ、濡れタオルで股間をきれいにぬぐった。太樹のくれた下着はつけず、学生ズボンをじかにはいた。そのパンツは何百回と水をくぐっているに違いない、「太」とマジックで書いた字がかな り薄くなっている。その筆跡さえ紀久にはいとおしい。パンツを広げて両手の上にのせ、一瞬、顔をうずめると、大急ぎで自分のカバンに隠した。以前、学校の脱衣室でパンツがなくなったとき、太樹が冗談で自分のはいていた下着を脱いで、くれようとしたことがあった。変に思われるのが嫌で紀久は断ってしまったが、素直にも らっておけばよかったと、以来ずっと悔やんでいたのだ。