アンコンプレックス(前半)-3
「そっか、じゃぁまたな!」
「おーまたなー!」
挨拶を交わすと、山田は教室に向かって歩いてくる。
“やばっ!”
別に後ろめたい事なんて無いのに、わたしは教室の後ろの方で、隠れるようにしゃがみこんだ。
カタン…
山田はまっすぐ自分の席まで歩くと、静かに椅子に座る。
“良かった…わたしがいる事には気付いてないみたい。
このまま、そっと帰ろう…。”
音を立てないように立ち上がり、わたしは教室を出ようと歩き出した。
――ドンッ!!
突然の大きな音に驚いて、足が止まる。
音のした方へ顔を向けると、山田がしきりに机を叩いていた。
叩くというよりは、殴ると言った方が正しいかもしれない。
「……っ!くそっ!!」
怒っているような、泣いているような、後ろ姿ではよく分からないけれど、確かに山田の肩は震えていた。
わたしには、山田の気持ちがすごく分かる。
身長なんかで、人の価値を決めてほしくないと、それはいつも、わたしが思っていたことだ。
だけど、わたしは気付けなかった。
いつも笑っていて、クラスで人気者の山田が、わたしと同じように、コンプレックスを持っていて、そして傷付いている。
…当たり前だ。人間なんだから。
でも、わたしは、それすら気付けなかった。
自分の事ばかり守って、山田を傷つけていたかもしれない。
――ブーブーブー…
“しまった!”
マナーモードの携帯音が、シンとした教室に響く。
それはもちろん山田の耳にも届いていたのだろう。
さっきまで微かに上下していた肩が、ピタッと動きを止めた。
わたしは、その場に居合わせた事への気まずさや、罪悪感が一気に押し寄せて、急いで教室を出た。
きっと山田は振り向いただろう。
わたしだと気付いたに違いない。
“明日、学校行きたくないなぁ…”
そう思ったのは久々だった。