闇よ美しく舞へ。 7 『霊が見える』-4
「遅っせーぞ皆藤! なにやってたんだよ! もうみんな帰っちまったぜ! 残っているのは俺とお前と…… あれ? 皆藤お前、龍神さんはどうしたんだ? 一緒じゃなかったのかよ!?」
どうやら皆藤、屋上で美闇と長話に夢中に成り、時間を気にして、焦って帰って来たは良いものの、途中で美闇を置き去りにしたらしい。皆藤自身も(しまった! 不味い事をした!)と、右手で顔を押さえて渋い顔をしていた。
「それじゃあ皆藤! ちゃんと龍神さんを家まで送ってやれよ! じゃぁなっ!!」
「じゃぁなってなんだよ! 望月(もちづき)、お前まで帰っちまうのかよ!!」
「俺はこれから典子ちゃんと、……ちょっとね」
「はああーー! 何だよそれっ!!」
「そう言う訳だからさっ。そんじゃ後はよろしく!!」
そう言いながら、肝試しを企画した張本人でもある、皆藤のクラスメイト『望月』という男子も学校を後にすると、どうやら残って居るのは、なんだか拍子抜けした顔で立ち尽くす皆藤と、薄暗い校舎の何処かをさ迷っているであろう美闇だけとなった。
「チェッ……」
声を漏らし、皆藤はさらに口を尖らせると、嫌な役回りでも押し付けられたかのごとく、ふて腐れもする。
それでも、一人放ったらかしにして、まるで仲間外れのイジメでもしてしまったかの様な美闇を探すべく、浮かない顔のまま降りてきた非常階段の方へと向って、急ぎ走り出したのだった。
「なんで俺がこんな面倒なことをしなきゃならねえんだ」
そうは思うものの。
皆藤にしてみれば、正直美闇の事が気にならなかった訳では無い。どちらかと言うと、普段女子に縁の無い彼である。言葉数は少ないにせよ、幽霊が見えるなどと、自分の様な薄気味悪い人間と普通に会話をしてくれた女の子だ、それは嬉しかったし、楽しくもあった。そんな子に怪我などさせてはイケナイだろうと、どこか必死だったかもしれない。
あるいはただ単に、こんな馬鹿げた事を生徒だけでやり、何か問題が起きでもしたら。そんな事が後で学校側にバレテ、大目玉を食らう事にでも成ったらと。そんな事が嫌だっただけなのかも知れない。
青ざめた顔でもって非常階段の下までたどり着き、ようやくその手すりを彼が掴みかかった時だった。
「皆藤くん!」
背後から呼ぶ声に、皆藤も慌てて立ち止まり、振り返っていた。
「皆藤くん! こっちこっち! 早く早く!!」
美闇である。
何やら美闇、いつのまにか屋上から降りて来て、校舎裏の体育館に通じる通路脇の方から皆藤の名を呼び、手招きをしているではないか。
皆藤はそれを見て、一瞬ホッとした顔をすると、急ぎ美闇の許へ(もとへ)とまた駆け出すのだった。
「早く早く! こっちこっち!!」
美闇は皆藤の到着を待たずに、彼女もまた駆け出すと、そのまま体育館裏の暗闇へと入り込んだ。
「龍神さん! いったいどうしたの、もう皆な帰っちゃったよ!!」
そう声を大にしながら、皆藤もまた美闇を追って、体育館裏へと急いだ。
そうして、体育館裏に聳える大きな桜の木の下でポツンと立ち尽くす美闇に追いつくと。
「ハァハァ! いっ…… いったいどうしたって言うだ龍神さん! なにがあったんだ!!」
息を切らし、膝に手を付きながら、そう美闇に尋ねていた。
美闇は黙って皆藤に背を向けたまま、太い幹から伸びる一本の桜の枝を指差していた。
それを見て。息を整えつつ、皆藤もまた美闇が指差す先を、訝しげに見詰めたのだった。