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Not melody from you
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Not melody from you
:Side-heavy
-10

「いいんだ」
信号が青に変わり、今度はアクセルを踏みながら、彼は言った。
「内容は覚えてる。たった一言だからね」
「…聞いてもいい?」
「大した事じゃないよ」
今までの私だったら、ここで引き下がっていたかもしれない。
でも、私はどうしてもその答えをしりたかった。
彼はそれを答えなければいけない気がしたし、私はそれを聞かなければいけない気がした。
「それでも、聞きたいの」
私はきっぱりと、彼の横顔を見ながらそう言った。
彼は私をチラリと見ると、やはり微笑んで、それに答えた。
「『まだ生きているのか』、だよ」
「…それで何て答えたの?」
「うん?」
「その十年前の自分の手紙に、君は何て答えたの?」
「聞きたい?」
「うん」
彼は微笑みをやめ、変わりに口の端をクイと釣り上げて、まるでイタズラをする子供のような表情で言った。
「当たり前だバカやろー、って」
「あはは」
私は笑った。
彼のその顔と言葉は、私に僅かだが残っていた不安を、完全に取り除いてくれた。
泣き疲れていた私は彼に断ってシートを倒し、横になった。
車の窓から斜めに空を見上げると、夕日はすっかり落ちて、代わりにコバルトブルーに少量の黒を混ぜて薄く引き伸ばしたような空が広がっていた。
後十分もすれば、完全な暗闇になるだろう。
ぼんやりと空を眺めながら、私はふと考えた。
彼は子供の頃、あの森に『トトロの森』と名付けた。
物語の中に美しく描かれた架空の森と、あの森の美しさは見事に一致していて、子供の頃の彼の目には、それがまるで同一の物に見えたのだろう。
なら、私だったら。
私だったら、あの森にどんな名前を付けるだろうか。
あまり暗い名前は付けたくない。
最初にあの森を見たときの静寂さと清廉さ、そして大樹の美しさ。
彼には悪いかもしれないが、私はどうあってもあの森を嫌いになれそうにない。
事実、私はあの森に入って、言いようのない幸福感を感じていた。
彼が久しぶりに自分からどこかに出掛けようと言ってくれて嬉しかった。
その感情をあの森が増幅させたのだ。
きっと彼が高校生の頃も、その影響を受けたのだろう。
彼の中を支配していた、孤独や悲しみとか、そんな物を、あの森が増幅させたのだろう。
つまりあの森は受け入れたのだ、私の感情も、彼の感情も。
多分、私や彼が生まれるずっと前から、あの森は来る人来る人にその静けさを持って、沢山の感情を受け入れてきたのではないだろうか。
何もかもを受け入れてくれる、優しいあの森。
なら、響きも優しいものがいい。
それでいて、包容力を併せ持っていそうな名前…。
そうだ。
共鳴の森、なんていうのはどうだろう。
答えは聞きに行けないけど、この名前でいい?
心の中で、森に問いかけた。
もちろん、返事はなかったのだけれど、私は何となく、それで良い気がしていた。
彼はあの森に二度と行かない。
だから私も、あの森には行かない。
でも、それでも多分、あの森はいつまでもあそこにあるだろう。
私が死んでも、彼が死んでも、変わらずそこに在り続けるのだろう。
そしてあの森はきっと、明日はまた違う誰かと共鳴するのだろう。
車の窓から見える空が、暗闇で覆い尽くされた。
それに便乗するように、私も瞼を閉じた。
車の揺れが心地よい。
その事がまた少しだけ、私を安らかな気分にさせてくれた。
もしかしたら、それも一種の共鳴なのかもしれない。
そんな事を思いながら、私は眠りについた。


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