やっぱすっきゃねん！Ⅱ⑧-4
しかし、
(…これなら直也の方が速いな…… )
キャッチャーの山下と、そばでピッチングを見ていた一哉はそう感じた。
返球しながら山下は訊いた。
「稲森。 持ち球は？」
「スローカーブにスライダー、チェンジアップにフォークボールかな…」
「じゃあソイツも投げてくれ」
山下はしゃがみ込んでミットを構える。
稲森は両手を高く上げると腕を胸元まで下げる反動で身体を小さく屈め、わずかに上体を捻る。
次の瞬間、右足を蹴り伸ばしながら前に踏み出し、身体を沈み込ませてから上体を捻って左腕を振り抜いた。
ボールは大きく左に逸れてから一瞬浮き上がり、そこから横滑りしながら落ちてきた。
(なるほど、このスローカーブは使えるな )
その後、スライダーにチェンジアップ、フォークボールを投げたが、それらは変化に乏しく、せいぜい内野ゴロを打たせる程度の変化球だった。
その頃、永井は佳代を呼び寄せてシート打撃の準備を始めさせると、 1年生数人に外野での球拾いを命じた。
「ラスト行こう！」
山下の掛け声に、稲森はストレートを放った。 キレの良いボールがミットに収まると、乾いた音が辺りに響いた。
「ヨシッ！行くぞ」
稲森と山下はブルペンからマウンドに上がった。 投球練習が始まった。
(絶対に打ってやる )
佳代は稲森が投げるのに合わせてタイミングを取って素振りを繰り返し、外野を守る 1年生以外、部員達はグランドの隅で、どんなピッチングを披露するのか見つめていた。
「カヨッ、打席に入れ」
一哉は審判役をし、永井と葛城達はバックネット裏から見つめる。
佳代は左足のスパイクで土を掘ると左足を埋めて構えた。 バットを少し寝かせて脇を締める。
「プレイッ」
一哉の右手が上がった。
(まずはコレかな )
山下はカーブのサインを出した。 それに頷く稲森。
窮屈そうに身体を屈めると、大きなステップで投げた。
佳代も狭いスタンスから大きく右足をステップさせ、上体を軽く捻る。
身体の動きを打球に伝え、より遠くに飛ばそうとフォームを変えていた。
稲森のボールは佳代の胸元目がけて飛んで来た。