水泳のお時間〜2時間目-6
「桐谷。ビート板は離しちゃだめだって言っただろ?これじゃいつまで経っても泳げるようにならないよ」
「は、はいっ…」
瀬戸くんは淡々とした表情でわたしを叱ると、思わず手離してしまったビート板をつかまえてわたしの手元に戻した。
それでもなお瀬戸くんの腕はわたしのお腹を抱えあげて支えたまま、離してくれる様子はなくて…。
まさか瀬戸くんにそんな場所を触られるなんて思ってもみなかったわたしは、彼に体を抱えられる一方…恥ずかしさから思わず涙が出そうになってしまう。
だけどそんな事をしたらますます瀬戸くんに嫌われてしまう気がして、わたしは必死に涙をこらえると、今度は絶対に離すまいと今まで以上にビート板を握る手に力をこめた。
「バタ足のときは両膝を少し内側に向けるといいよ。そのまま軽く伸ばせば自然と腰も浮いてくるから」
「…っ?」
「そんな事も分からない?こうすればイイだけだよ」
すると瀬戸くんは、どうすればいいのか分からず戸惑うわたしの膝をつかんで内側に向けてきた。
こんな私にでも分かるように、ゆっくりと優しく丁寧に…。
だけど不謹慎にもこんな事を思ってしまったのは、わたしの考えすぎなのかな…。
その度に、わざとらしく瀬戸くんの指が太ももに触れてくるような気がして……彼の指導を受けながらも私はひとり違うことを意識してしまう。
「この状態を意識しながら、あとは足首の力を抜いて、足の甲で水を押さえるように泳いでみて」
「……」
「桐谷?聞いてる?」
「えっ?あ、は、はい…!」
そのことが気になっていたら、ふと瀬戸くんに顔を覗き込まれてしまった。
ハッとしたわたしは頭の隅では瀬戸くんの指先の動きが気になりつつも、慌てて脚を動かす。
え、えっとたしか膝は内側に向けて…
それで足首の力は抜いて…足の甲で水を押さえるように泳ぐんだよね…?
「うん。そうそう。だいぶさっきより進むようになった」
するとわたしの泳ぎを見て、瀬戸くんの表情がようやくやわらかくなった。
褒めてもらえた事に安堵の気持ちを浮かべつつ、わたし自身…自分の泳ぎの変化に純粋に驚いていた。
…自分でも、確かにさっきよりちゃんと進んでいる気がする。
言われてみれば、わたしのバタ足は普段から膝を曲げたまま足首に力を入れて泳いでいた分、やたら水しぶきばかりが上がって正直、無駄の多い動きになっていた。
それだとすぐに疲れてしまうし、水の抵抗が大きくなってますます強く足をバタつかせてしまう…この悪循環。
そっか…。
だから今までどうしても前に進まなかったんだ。
「…?」
その実感に驚きを隠せずにいたら、ふいに瀬戸くんと目が合った。
そのまま優しく微笑み返されてしまい、わたしはとっさに頬を赤く染める。
…小さいころから、どんなにがんばっても泳ぐことが出来なかったのに
それをこんな短期間に…しかもわずか二日足らずで
わたしをここまで簡単に進歩させてしまう瀬戸くんは、やっぱり凄いのかも…。
「バタ足ばかりしてても仕方ないし、今度は平泳ぎの練習をしてみようか」
しばらくそんなことを考えていると、瀬戸くんが思い出したように言った。
その言葉に驚いたわたしは、思わず目を開いて彼を見上げる。