気付かずの恋-8
「……寒いから」
「いらねぇよ」
「着て」
そう言って、彼女はアルの声も聞かず、走って帰って行く。
「…………どうも」
彼女の小さくなってゆく背中を見ながら、アルはぽつりと呟いた。
そして、月を見上げ、目を閉じる。
濃くなった冬の匂いを感じた。
―始まり、終わる場所―
次の日、アルは施設に姿を見せなかった。
月明りの美しい夜、弥世は約束の場所に走る。
答えは出ている。
いつから待っていたのか、白い息を吐きながら少し鼻を赤くした彼が井戸の縁に腰掛けている。
2人の始まりの場所、
そして、終わる場所。
「私は行けない」
「やっぱりな」
「分かってた?」
「なんとなく」
弥世の首が力なくうなだれる。
アルは、そんな彼女の白い手首を掴み、柔らかい力で引き寄せた。
見た目より小さな身体がアルの腕にすっぽりと収まる。
「謝るなよ、絶対」
「……私ね、集団生活は嫌いだよ。私は私を崩せないから。」
あの日の会話。
最後の、日常会話。
「…奇遇だな」
「ふ、デジャヴだ」
「皮肉なこと、するんだな。お前は」
「―…」
弥世の腕に力が籠る。
それに答えるように、アルも優しく力を込めて抱き締めた。