『終わりの闇、始まりの光』-6
(その時…神原弥生)
彼女は私を見つめていた。涙を流しながら、ただ私だけを見つめていた。
そんなの、私の知ったコトじゃないわ……
そう言ってしまうのは簡単なのに、私には言えなかった。
何故なら私も女だから…
私は彼女の気持ちを考えようとしなかった。
いいえ、考えるコトから逃げていた。
恋人の消息を知りたい……考えてみれば当たり前のコトなのに……
私は嫌だったんだ。私の知らないコトを話す由佳が……
私の知らない表情(かお)をする由佳が……
初めて由佳を見たのは、高校に入ってすぐだった。窓際の席に坐る彼女の隣の席が私に充てられた。
『初めまして。私、神原っていいます。よろしくね?』
『…………』
だけど、彼女は一瞬だけこっちを見ると、窓の方に視線を戻す。
(なんて感じの悪い人なんだろ。こんな人の隣なんて最悪だわ……)
それが彼女の最初の印象だった。
一ヶ月が過ぎる頃には、クラスの中に幾つかのグループが出来て、楽しそうな笑い声が聞こえて来る。私にも何人かの知り合いが出来た……。だけど、彼女は相変わらず一人で窓の外を見つめているだけ……
『ねぇ、あの人って変よね。自分のコト、俺とか言ってんのよ?バッカみたい……』
そう、何故か彼女は自分のコトを俺って呼んでいた。人を寄せ付けない鋭い目付き、そしていつも怒ったような顔をしていた。
その日も彼女はぼんやりと窓の外を眺めている。まるで、自分から人との係わりを拒否しているみたいに私には思えた。
だけど今日の彼女は、いつもと違って、とても寂しそうな顔をしている気がした。
『!!!』
そして、見てしまった……静かに彼女の頬を流れるものを……
嘘!泣いて…いるの?
ドキン、ドキン、ドキン………
私の胸が激しく高鳴る。
どうして泣いているの?
そんなコト聞ける訳ない。だけど、彼女から目が離せない……視線を逸らせない……
私の視線に気付いた彼女は、ゆっくりと静かに私の方を見た。
『見てたのか?』
乱暴に頬を拭うと彼女は私に聞いてくる。口が動かない、言葉が出ない……
『誰にも言わないでくれねーか?』
ただ何も言えず、私は首を動かすしか出来なかった。私の仕種に彼女は、ほんの少しだけ唇の端を持ち上げる。
『そんなに怖がらないでくれよ。けど、ありがとな。』
いつもと違って、私を見る彼女の眼差しは不思議と優しかった。
『……功刀……由佳って言うんだ、よろしく。』
そして、少し恥ずかしそうに彼女は言った。
それ以来、彼女は時々話し掛けてくるようになった。彼女の不思議な魅力に、その存在は私の中で次第に、確実に大きくなっていく……
そして、あの出来事が起きた。私は初めて声を出して泣く彼女を見た。怯えたように震える彼女を……
その時私は気付いた。これが本当の彼女なんだと…。そして、圭子姉と彼女が襖の向こうで話しているのを聞いて、私は彼女の秘密を知ってしまった。
なんという不条理……
運命の悪戯……
だから、私は誓ったんだ。彼女の傍にいて、守っていこうと……
でもそれは、友達としてではなかった気がする。何故なら、私は魅也のコトを話す由佳が嫌いだった。私を見ていない由佳の顔が嫌いだった。そして、この女……魅也の存在が許せなかった。
それは、友達としてという言葉だけでは説明出来ない想いが、私の中に芽生えてしまっていたから……
……私は……
私は嫉妬していたんだ。
もし、由佳が突然いなくなったら私はどうするだろう。おそらく、魅也と同じように必死に捜すだろう。そして、どうして離れていったのか問いただすに違いない。
本当は、わかってた。彼女が悪い訳じゃないってコトなど……
ただ、それを認めるのが怖かった。今の関係を壊さない為に、全てを彼女のせいにした……
守るフリをして、本当は由佳を独占したかっただけなんだ……