僕とお姉様・最終話〜僕と一緒に暮らしませんか〜-5
「…い!?」
ゲンコツだった。
気付いた時には既に手遅れで。
ゴッッ
「!!!???」
額に強烈な衝撃が走るのと同時に目の前をチカチカと星が飛んだ。その向こうには眉間に深いシワを刻ませたお姉様の姿。よく見れば右の拳は震えるほど力強く握られている。
今グーで、殴られた…?
何でだ!僕が何かしたか!?落ちてきたのを助けたんだよ?お礼を言われるならともかく何で、
「何で僕が殴―」
文句を言わせる間も与えず突然伸びてきた両腕は力強く僕の胸ぐらを掴んで、唇が触れ合うすれすれまで強引に引き寄せられた。顔の近さは勿論、尋常じゃない目の座り方に生唾を飲んだ。
「どーゆう事」
「…はい?」
「子供って何」
「へ?」
「山田の子供なの!?」
は…
「はぁっ!?」
「さっき言ってたじゃん、子供ができたって!山田のだって!」
「ちょっ、ちょっと待って、あれは僕の」
「だからあたしのキスにも動じなかったの!?慣れてるから!?」
「はぁあっ!?」
「ちゃんと説明しなさいよ!!あの女は誰!?」
なんちゅー勘違いしちゃってんだよ、そんな展開あるわけないだろ!
「違う!あれは僕の母親!」
「…母親?」
「そう!」
「へー、母親かぁ」
納得したように言ってにっこり笑うから、つられて僕も笑うと、
ゴッッ
至近距離からの二度目の衝撃が額を襲った。
「――っ!?」
「どうせならもっとマシな嘘ついて」
「嘘じゃねぇよ!」
「あんな若い母親いるわけないじゃん!せめてお姉ちゃんとかさぁっ」
「あんなのただの若作りだよ!ねぇ、ひばりちゃん!?」
お茶をこぼして以来ずっと静かだったひばりちゃんに同意を求める。この子さえ証明してくれたら…
ひばりちゃんはゆっくりこちらに目を向けると、ふらふらと僕らに近付いてストンと膝を曲げた。
「強君」
「…はい」
「答えて」
「ねぇ、この状態に違和感は―」
「あたしとあの人、どっちが大事!?」
「へ…」
あの人って、母さん?
「どっちって言われても僕は―」
微妙にひばりちゃんと視線をずらす僕を不審に思ったのか、突然お姉様が口を開いた。
「何でひばりちゃんを山田に選ばせるの!?そんなの変じゃん!あたしだって―」
「お姉さんは黙ってて!これはあたしとあの人の問題なの!!」
ひばりちゃんの強い口調はお姉様の顔を歪ませ僕に猛烈な目眩を与えた。
おいおいおいおい。
何その言い方。
何その顔。
泣きそうなひばりちゃんと眉を吊り上げるお姉様。
最悪だ。
後ろめたい事は一切してないのに、修羅場の雰囲気でいっぱい。
さっきのひばりちゃんの言動がその要因だ。ただでさえ母さんを僕の恋人か何かと誤解してるのに、更にひばりちゃんが実は僕を…なんて、そんな事知ったら―
………ん?
ちょっと、おかしくないか?
ひばりちゃんのあのセリフからすると、僕に選ばせるなら自分と母さんの二択ではなく、お姉様との二択のが正しい気がする。母さんはあくまで母さんなんだから…
そこへ軽快に階段を上がる足音が聞こえてきた。