陽だまりの詩 8-3
***
「春陽さん」
「ん、なんだ?」
その後は二人で会話もなく、のんびりとした時間を過ごしていたが、奏が切り出した。
「どこかに行きませんか?」
「突然どうした?」
「いえ、退屈ですし…」
奏は小説をパタンと閉じた。
どんな本を読んでいるのだろうか。
「じゃあ売店でも行ってみるか」
「あのっ!」
俺が立ち上がると、奏は大きな声を出した。
「その…外に行きたいです。初めてお会いしたときのように」
このとき俺は思った。
本気で俺ってだっさいな、と。
「そうか、気付かなくて悪い」
「いえ」
「美沙も呼ぶか?」
「………」
このとき俺は思った。
本気で俺ってデリカシーないな、と。
「よ、よし、二人で行こう。どこに行きたい?」
「いっぱい行きたいとこあります」
奏は車椅子に乗り込むと、遠足の子どものように興奮して室内を動き回った。
「奏、もう涼しいから、膝掛けと羽織るもの」
俺は苦笑いしながら奏の両肩をポンと叩いた。
「はい、用意します」
そうして俺達は、久しぶりに二人で病院を出た。
***
「ここが私達の始まりだったんですね」
「そうだな。でも、まだ何ヶ月かしか経ってない」
「ずっと前のような気がします…」
車椅子の後ろから奏の顔を覗き込むと、奏は目を閉じていた。
いろいろなことを思い返しているのだろう。
横断歩道の信号は、しばらく赤から変わらない。
車の往来の激しい交差点。
あの時、奏を助けなければきっと今はない。
俺はどんな生活を送っていたのだろう。
偶然、奏と病院ですれ違っても、あの“すいません”と言いながら横断歩道を進む女の子とは気付かず、そのまま通り過ぎていただろう。
本当に、今があってよかった。
「青だ、行こう」
「…はい」
横断歩道を渡りきったとき、夫婦と思われる若い男女に声をかけられた。