ずっとそばに。vol.1-2
彼女は、俺の存在なんかないかのようにスタスタと歩いた。長い時間歩いた。なかば小走りで、何かを振りきるように進んでゆく。
「なぁ、ちょっと待ってくれよ」
さすがに長時間シカトされて黙っていられる俺じゃないので、彼女の腕をつかんで引きとめた。
「何?」
「なんでそんな急ぐの、そんなに冷たくしないでよ」
未衣は、少し斜め下を向いて黙っていた。それから、あの冷たい眼差しを俺に差し向けた。
「何にも知らないほうがいいよ、せっかく転入してきてモテてんだから」
「知りたいよ、未衣ちゃんのこと。一人が好きならひっつかないけどさ。」
すごく困った顔をした。前髪のピンの位置を気にして、視線をずらした。
「そうよ、だからほっといて。」
ほんとにそうなら、俺の目ぇ見て言えっての!!
未衣はまた歩き出した。一切こちらを振り向かない。サバンナを駆けるチーターのような鋭い背中。その背に、俺は感じたものがあった。無償にひきつけられた。
「ダメかな、一目ボレ」
そう叫ぶと、彼女は無表情のまま振り返って、それから何とも言えぬ切ない顔を見せた。そしてまた進んでゆく。短くしたセーラーのスカートがひらひらと太陽を反射していた。
次の日、俺は早めに学校に着いた。まだ誰も来てないだろうと思っていたのに、教室には先客がいた。
「よっ」
案の定、彼女は何も言ってこない。
「二人きりの時ぐらい、普通にしない?」
彼女は、手に持っていた白い花瓶を教卓に置いて、自分の席に座った。
「私が周りと違うことくらいわかるでしょ」
何を言い出すかと思えばお嬢さん。
「わかるよ、毛ぇくるっくるの真っ茶っちゃ。」
すげー似合ってるぜ、と言うことは黙っておいた。
「関わるなって信号なの、わかる?」
俺は驚いた。彼女の手はキュッと握りしめられていて、目は何かに耐えているような。
「好きな子に、話しかけちゃいけない?」
昨日よりさらに困惑しているようだ。眉間のしわが深くなって、瞳を閉じた。ふーっと溜め息もついたようだ。そしてゆっくりと目を開けた。
「そういうこと、軽く言うのよくないよ」
本心を見せない。何もつかめない。
俺も、ひとつ溜め息をついた。
「好きなもん好きって言って、何が悪いんだよ」
彼女がハッとこちらを向いた。俺が本性(?)を表したことに驚いているのだろうか。
「そんなすぐに好きになんて・・・」
「なるから一目ボレっつうんだよ。」
未衣は初めて剛史の目をじっと見た。今までとは違う、弱々しくて、頼りなくて、不安に満ちた瞳。
七時四十五分。あともう少しだけ。教室には俺と彼女の二人きり。
「だめだよ・・・」
なんともか細い声で未衣は呟いた。
「私なんか好きになっちゃ、だめぇ・・・」
それは、本当の拒絶なんかじゃなく、彼女のなかの最後の砦。肩を震わせ、怯えている。俺が、かつて怖がっていたものを、彼女はきっと。
「なぁ、朝のこの一時でいい。未衣のこと教えてよ。ちょっとずつでいいから信じて。俺も周りとはちがうから。な」
未衣は、こくんと頷いた。昨日の今日でわかりあうなんて無理だから、すこしずつわかっていこう。その瞳の奥にしまっているものが見たい。
俺さぁ、見た目のせいで軽く見られがちだけど、中身は人一倍まわりよか大人だと思ってる。そう言うと、未衣はフッと笑った。ふんわりとした柔らかな笑顔だった。
「あー海原くぅ〜ん」
クラスメイトの登場で、彼女の目は温度を失う。いつものひんやりした雰囲気を身に纏う。俺は、その輪に紛れつつも彼女に合図すると、未衣は眉をあげて見せた。
少し、雲間から光のさしこむ眩しい朝だった。