『本当の自分……』-1
「おはよ!」
爽やかな天気によく似合うような明るい声で、クラスメートの女子が声を掛けてきた。
「…おー…」
だけど、それとは正反対に低血圧気味な俺は、かったるそうに答える。
「相変わらず朝は弱いんだね由佳(ゆか)」
「まあな…」
そう、俺の名前は由佳って言う。功刀(くぬぎ)由佳…17才で性別は一応、女……。
あん?なんで女なのに俺って言ってるのかって?
ふん!そのうち説明してやるよ。
「ねぇ由佳……。前から聞こうと思ってたんだけど、なんでいつも男言葉なの?」
さっきから、親しげに話し掛けて来るコイツは神原弥生(かんばらやよい)。俺はと言うと、いつでもこんな感じなんで、やっぱりと言うか、当然と言うか、クラスで孤立してる。コイツはそんな俺にさえ、平気で話し掛けて来る変わり者だ。
「別に……女言葉なんて、気色悪いから使わないだけさ……」
ぶっきらぼうに俺は答える。そう、気色悪いんだ、女言葉なんて……。
(くそ!イライラする)
あの日から、休むコトなく繰り返される悪夢が深く深く気持ちを沈ませる……。朝起きて、鏡を見る。そして、まるでこの世を呪うみたいな溜息を吐く。
いつもいつも、毎朝繰り返される出来事……。そして憂鬱な一日が始まる。別に低血圧だから朝が辛い訳じゃない……ただ、今の自分が辛いだけ……。
「変なの……。だって由佳って女じゃん!美人だし、胸だっておっきいのに……」
自分が女だから嫌なんだよ……この顔も、胸も、身体すべてが……。弥生は、そんな俺の気も知らないで喋っている……。
「もうその話は、やめねーか?神原。俺は言葉遣いを直す気はねーし、頼まれたって直さねーよ。」
弥生の話を強引に遮り、そして無視するみたいに俺は歩きを早めた。
そんなに大きい胸が憧れか?欲しけりゃやるよ、こんなモン……。重てーし、邪魔臭せーし、おまけに肩まで凝りやがる。世の女性から怨まれそうな発言だが、本当だからしょうがない。こんな身体なんか俺は欲しくなかった。
「あ、そーだ!由佳ぁ、葛城先輩が由佳に告ったってホントなの?噂になってんだけど……」
ドバァンッ!!
突然、辺りにでかい音が響いた。そして肩で息をする俺。大きな音の正体……それは地面に叩き付けられた鞄だった。
「神原!俺はお前のコト嫌いになりたくないんだ。だから頼むよ、俺の気持ちを逆撫でないでくれ。」
弥生は体をビクッと震わせて、怯えた目で俺を見ていた。
最低だ……。抑え切れずに八つ当たりしちまった。激しい自己嫌悪に苛(さいな)まれながら、のろのろとした動作で俺は鞄を拾い上げる。
「ゴメン、怒鳴って悪かったよ。やっぱ、帰るわ俺……。」
刺々(とげとげ)しく、ささくれ立った心は、ふとしたきっかけで簡単に爆発してしまう。
わかってるんだ、弥生のせいじゃないってコトぐらい……
わかってるんだ、誰かのせいじゃないってコトぐらい……
「ごめんね由佳……」
後ろから弥生の弱々しい声が聞こえた……。でも、振り返る気にならなかったから少しだけ片手を上げて、俺は学校に背を向けた。
いつも、家に帰る足取りは重々しい。俺はこの家が嫌いだ…。三年前までは大好きだった筈なのに、今は気持ちを荒(すさ)ませるだけでしかない。扉を開けて中に入ると、俺は玄関先で母親と鉢合わせてしまった。
「由佳!……あ、ヨシキ……学校…は?」
「かったるいからサボって来た。」
俺を見る、母親の怯えた目……
「か、母さんね……仕事、行かなくちゃ……ならないんだけど……」
いつものように、まるで顔色を伺うような、おどおどした話し方……あの日から、母親(このひと)は俺を避けている。それでも、家族という鎖が、この家に俺達を縛りつけていた。それが俺の神経を逆撫でる。
「勝手にしてるから、気にしないでいいよ。それと母さん………ヨシキは、もういないんだ……。」
「!!!」
昔みたいに暴れる事など無くなったけど、静かな口調で俺は毒づいた。その言葉に、母親は口許に手を当てて涙ぐむように息を飲むと傍らのバッグを引き寄せて、まるで逃げるみたいに家を飛び出して行った。
「くそっ!!」
自分の部屋に入った俺は、やけくそ気味に叫ぶと鞄を放り投げた。鞄はぶち当たった本棚を薙ぎ倒し、床に落ちる。それでも俺の苛立ちが収まらなかった……