『本当の自分……』-8
俺が答えると同時に、リビングが明るくなる。目をしばたかせる俺を圭子さんは頬ずえついて見つめていた。
「お腹空いてない?」
「いえ、大丈夫です。」
「弥生から話は聞いたわ。大変だったのね今日は……」
ティーポットにお湯を入れながら、彼女は言った。手際よく紅茶を入れると俺の目の前に置く。
「ミルクティーぐらいなら、飲めるでしょ?」
「すみません。ありがとうございます。」
彼女は一口、紅茶を飲むと、深い深い溜息をついて俺の方を見た。
「弥生のコト……許してあげてね。あの娘、すごく落ち込んでたから……」
彼女の話によると、今日の出来事を説明しているうちに、泣き出してしまったらしい。自分のせいで、俺に言いたくない事を言わせてしまったと、泣きじゃくったんだそうだ。
「弥生のせいじゃないんです。みんな俺のせいだから……」
「俺?」
「あ!いや、私の……」
ついうっかり男言葉を使ってしまって、俺は慌てて言い直した……。けれど圭子さんは気にも止めないように軽く微笑んでいた。
「いいのよ、それも弥生から聞いてるから。それが普段の話し方なんでしょ?でも、変わってるわね。」
「ええ、父にも言われてます。お前はまともじゃないって……。」
「酷い言い方ね……」
「でも、本当に俺、まともじゃないんです。壊れちゃってるから……」
圭子さんの入れたミルクティーが身体に浸みて行く。俺は味わうようにゆっくりと飲んだ。
「さっき泣いてたのは、昼間の事のせい?」
やっぱり気付かれてたんだ。俺はカップをソーサーに置くと、静かに頷いて言った。
「彼女と……そして自分の為に……」
「自分の為?」
その時、俺の精神状態はすでに限界に来ていたのかもしれない。きっと、誰かに打ち明けて楽になりたかったんだと思う。
「圭子さん……あなたは口が固い人ですか?今から俺が言うことを誰にも……そう、弥生にも話さないと約束してくれますか?」
俺の真剣な表情に、彼女の喉がゴクンと鳴った。そして、静かに頷く。
「圭子さん、半陰陽って言葉知ってますか?」
「え?ええ…聞いたコトはあるけど詳しくは……」
「本来の性別とは違う性別で生まれて来る事を言うんだそうです。そしてそれは成長する過程で本来の姿に戻っていく……。俺はその半陰陽……つまり、由佳とヨシキは同一人物なんです。」
俺の言葉に圭子さんの瞳が大きく見開かれる。
「中学に入った頃、俺はまだ男でした。けれど、卒業する時は女になってしまったんです。魅也は……彼女は中学時代の俺の彼女でした。」
俺は今までのいきさつを、彼女に話し続ける。何故、男言葉を使い続けているのかを……。自分のせいで、家族が壊れてしまったことを……
「それでも、俺の心の中にヨシキはまだいました。でも、俺は今日……俺を殺してしまったんです。」
ボタボタと涙が零れた。今まで抑えてきた何かが切れてしまったみたいに涙を流した。
「もう、男言葉は使いません。だって、ヨシキは死んでしまったから……。だけど今更、男を愛するなんて出来ないし、女を愛することも……。ね?私、まともじゃないし、壊れちゃってるでしょ?」
その瞬間、俺は柔らかいものに包まれていた。しばらくして、自分は圭子さんに抱き締められているのだとわかった。震える声で彼女は言う。
「ごめんなさい……。私には、こんな風に抱き締めてあげるコトしか出来ないの……。だけど、どうして私に話してくれたの?」
どうしてなんだろう。自分にもわからない。こんなコトを話したって、彼女を困らせるだけなのに……。でも、
「最後に誰かに聞いて欲しかったんです。もう、疲れちゃったから……」
それが答えだった。
実際その事は、昨日今日に考えた訳じゃない……。死んだら楽になれるのだろうかと、いつも考えていた。
だけど、心の奥底で魅也のコトが気になっていた。それも今日でケリがついた。もう、思い残すコトも無い。
今の自分は、まるで身体が生きるコトを拒否し始めているみたいだった。だから、自然と頭に浮かんだのだろう。
『死にたい』と……