『本当の自分……』-5
「さて、お腹もいっぱいになったコトだし、次のところに行こうか……」
そう言って俺は伝票を掴んで立ち上がると会計に向かう。パタパタと追い掛けて、慌てて財布を出す弥生を征して俺は会計を済ませた。
「ここは俺のオゴリ。」
「そんな!ダメだよ。」
財布を開きながら弥生は首を振る。そんな弥生を見て、ちょっとだけ大袈裟に考え込む仕種をしたあと俺は……
「じゃあ、俺が知らなかった俺のいいところを見つけてくれたお礼かな?」
そう言って笑った。
けれど……運命は時として、なんて残酷なんだと俺は思う。あと、5分店を出るのが遅ければと、後々俺は後悔した。
店を出て、ほんの数メートル歩いたとき、それは起こった。
「ヨシキ!!」
その声に、俺の呼吸は止まった。固まったまま動けないでいる俺……。その少女は前に回ると俺に掴み掛かった。
「ヨシキ!!どうして黙っていなくなっちゃったの?どうして知らない女の子と歩いてるの?ねぇヨシキ、答えてよぉ!!」
ガクガクと身体を揺すられても、まるで人形のように俺は動くコトが出来なかった。
「ストップ!ストーップ!あなた、由佳に何するのよ!!」
そんな俺を掴んでいる手を払い除けて、弥生があいだに割って入る。
「この娘は由佳!!あたしの友達だよ!!」
「…ゆ……か?………」
弥生の声に、少女の動きが止まり、じっと、俺の顔を見つめる。そして、もう一度自分が掴んでいた胸元に目をやると、そこには男には無い大きな膨らみがあった。少女は息を飲み、俺に言う。
「あ…なた……女の人……なの?」
小さく息を吸い、声が震えないように注意しながら俺は口を開いた。
「そうよ……残念だけど、人違いだわ。」
その瞬間、張り詰めていたものが切れたのか、少女の身体からフッと力が抜けて、その場に崩れ落ちた。
「とにかく、ここでは落ち着かないから、あっちに行きましょう。あなた、立てる?」
俺は倒れ込む少女に肩を貸すと、すぐ側の公園まで歩いた。ベンチに座らせると、隣で狐に摘まれたような顔をしている弥生に俺は言う。
「弥生、この公園を抜けてすぐに自動販売機があるの。ジュースを買って来てもらってもいいかしら?」
突然の俺の言葉使いの変化に戸惑いながらも俺がそう言うと小さく頷いて、弥生は走っていった。隣で両膝に手を乗せて肩を震わせている少女を見ながら、俺は溜息をつく。
髪、伸ばしたんだな……
あの頃よりも綺麗になってて驚いたよ……
こんな形でお前に会うなんて……
凄く、会いたかった……
だけど、会いたくなかったよ……
「はい、由佳……買って来たよ。」
しばらくして、戻ってきた弥生の一言に我に返った俺は、ジュースを受け取ると隣の少女に手渡した。
「ありがとう弥生。はい、あなたもどうぞ。」
「……すみません……」
小さく鼻を啜り、少女は言った。ジュースを受け取りながら俺の顔をじっと見つめる。
「なあに?」
「いえ……本当に…女の人なんですね……」
「そうよ、触って確認してみる?」
俺がそう言うと少女は首を激しく振った。そして小さく息をつくと、消え入りそうな声で言う。
「本当に、すみません……。あなたが余りにもヨシキに似てたから……。」
少女の言葉に、黙って頷く俺。そうさ、似てて当たり前だよ……
「余りにも、大好きな人に似てたから……」
その言葉に俺は胸が震えた。できる事なら、今すぐにでも抱き締めたかった。お前、今でも俺のコト大好きって言ってくれるのか?
『好きだった』なんて過去形じゃなくて、
『好きな』って言ってくれるのか?
「本当に迷惑かけてごめんなさい。それと、ジュースありがとうございました。」
少女は立ち上がり、ペコッと頭を下げると淋しげに俯いて、公園の出口ヘと歩き出した。
本当の事を言えない俺を許してくれ……
こんなに傍にいるのに、抱き締めてもやれない俺を許してくれ……
その、うしろ姿に思わず俺は呟いてしまった。
「ごめん……魅也……」
さっきまで訳のわからない状況に黙っていた弥生は、緊張が解けたのか大きな声で俺に聞いて来た。
「由佳ぁ……あの娘[みや]っていうの?知ってる娘?」
この時程、俺は自分の迂闊さを悔やんだ事はなかった。せめて、魅也がいなくなるまで待てばよかった。一旦、去りかけた少女は、驚いたように振り返ると血相を変えて戻ってきた。