「命の尊厳」終編-10
「あれでは連行出来ないのですか?」
「…ああ、無理だな。例え連れて来ても、どうとでもゴマカせる。犯行に繋がる具体的証言が必要だ」
「そうですか……」
遠藤の言葉に、加藤は肩を落とした。
「それにヤツは法律家だ。おそらく今後は何があろうが動かんだろうし、被擬者にもそう伝えるだろう」
感情を抑え込んだ顔で、遠藤は前を見据えて言った。
「結局、何らかの物証を得られん限り無理だな…」
クルマはビジネス街を抜け、大通りを右折すると警察署へと向かった。
高橋がポスターを貼ってから3週間が過ぎた。色鮮やかだった野上諒子の写真も、随分、色褪せてきていた。
当初は、1週間で十数件にのぼる情報提供が有り、本物の目撃者が見つかるかと思われていたが、それらはすべて誤報に終わった。
さらに、その後の情報はパッタリと途絶え、何の手掛りも入らなくなっていた。
ならばと、ポスターの件から家鋪の線で被擬者まで繋がるかと期待したが、その後、ヤツラはまったく動かなくなっててしまい、何のの手掛かりも掴めなかった。
「…何か…何か手は無いのか」
高橋の停職が解けるまで、あと1週間あまり。彼は次第に焦りの色を濃くしていた。
夜。高橋は布団の中で何度も寝返りを打っていた。
様々な思いが交錯し、気持ちが昂って寝付けない。
「クソッ!」
仕方なく起き上がり、キッチンからビールを持って来ると2缶を一気に飲み干した。
「…フーーッ」
腹の中が熱くなり、徐々に酔いが回ってくる。痺れていく思考の中で高橋は考える。
「…やっぱり、オレじゃ無理なのか…」
その時、ふいに頭の中で桜井の顔が浮かんだ。
(…桜井さん…)
高橋は無性に会いたくなった。会ってアドバイスをもらいたい。それが無理なら、せめて、きっかけだけでも欲しい。
そう思うが早いか、手を伸ばし携帯を掴むと電話を掛けていた。
「…もしもし。どちら様?」
低く、ぶっきらぼうな声。
しばらくぶりに聞く桜井の声に高橋は胸がいっぱいになり、涙が溢れそうになる。
「…桜井さん。オレです。高橋です」
「どうしたんだ?こんな夜更けに」
「…実は、野上諒子の件で…相談に乗ってもらいたくて…」
たどたどしい高橋に対して、桜井躊躇せずに言った。