特進クラスの期末考査 『淫らな実験をレポートせよ』act.7-9
「………聞いてんのかよ、鷲尾」
はっとして矢田に向き直ると、呆れた顔をされてしまった。
「あ〜あ、やだなぁ。これだから彼女もちは」
彼女、そう言われただけで胸が痛い。知らない矢田は悪くない。だけど啓介の胸は締め付けられるように痛み、目頭が熱くなった。
「わりぃ、なんかマズイ事言ったよな?」
矢田がそんな啓介の様子を察して謝る。啓介は自分を恥じながら首を横に振り、大丈夫だと矢田に伝えた。
「そんな事無い。ちょっと気が病んでるだけだ。それより、これから帰るんじゃないのか?」
啓介がバスケットシューズに視線を合わせて聞く。矢田は少し照れたように笑う。
「これから体育館で少し遊んで帰るんだよ」
「一人でか?」
「んー。多分いると思うんだけど……行ってみないとわかんないんだよね」
期末考査前だというのに、矢田は勉強よりも大事なんだと自信あり気に言う。
じゃあな、と挨拶を終えた啓介はそんな幸せそうな矢田の後ろ姿を見送った。
「課題か」
言葉に意味も力も込められない。確かに期末考査まであと十日を切っていた。
先週の水曜、化学教師の大河内から出された無理難題。そのせいか、理系を選択した自分を含め15人それぞれが、テスト勉強に身が入らない事を啓介は知っていた。
どんな課題であろうと啓介は取り組むつもりだった。自分の記憶を最大限に掘り下げ、可能な限り大河内には屈しない構えでいた。だが、自分の課題はあんまりではないか、そう思う。
『どうしてお前はセックスをするのか』
そんなの自分が聞きたいくらいだ。英理子とああなった後、我慢しても切ないほど身体が欲を求めて暴れることが度々あった。
不誠実、節操無し、獣。どんな言葉で自分を責めようが一向に収まらない。
もしかして自分はこの欲を解消するべく英理子の側に居たいのだろうか。そんな馬鹿みたいな考えが頭を過ぎる。
解っていることは、誰かで済ませられるほど自分は軽く出来ていない、ということだ。英理子は…どうであれ、自分はまだ英理子に未練たらたらなのだ。
「謝ろう」
言葉にする自信はあまりない。だけど伝えなくては進めない。何度も逃げられた。そして諦めた。
だけど違うだろ。
諦めるのは、結果が出てからだ。
言葉は苦手だ。
でもそれ以上に好きなものがあるんだ。
英理子は酷く嫌な気持ちでいっぱいだった。
放課後の廊下で人だかりが出来ていた。一生懸命に生徒の隙間から中央を見ると啓介がいた。多分告白だろう、と周りがひそひそと話している。
目立つ啓介なのだから仕方が無い。別れてしまったのだから自分には関係ない。
………だけど。苦しくて息も出来ない。
断ってほしい。自分には忘れられない人がいるのだと宣言してほしい。誰も好きにならないで私の事だけ想い続けてほしい。……そんな自分が情けなくて、凄く嫌だ。本当はそんなこと思いたくはない。だけど……伝わらない想いは醜く膨れ上がっていくのだ。
恥ずかしくて悲しくて、英理子は図書館ヘと足早に逃げ込んだ。期末考査前なので学習に励む生徒が多く集まり、囁き合う声が館内を満たしていた。カウンターで司書が受付をする脇を通り、書棚の奥へと進む。
入口手前、9類文学から奥に進むたびに人の姿が無くなっていく。一番奥、0類総記の棚まで足を運ぶと館内の囁き声も届かない、しんとした静けさに包まれていた。館内の窓側を除く壁一面も書棚になっているのだが、総記の棚の正面の壁には非常口と掛かれたドアがあった。つるりと冷たい鉄のドアに背中を寄せ、誰も気付かない死角で身を丸める。