特進クラスの期末考査 『淫らな実験をレポートせよ』act.7-12
「ずっと、こうしてたい」
啓介が、みっともないな、と笑いながら言った。そんな事ないよ、首筋に寄せていた頬を移動させて英理子が返す。頬同士をふれあわせるとキスをするより照れ臭い。
「ねえ」
ん?と啓介が視線を寄越す。
「さっきの、もう一度言って?」
「ずっと、こうしてたい?」
「違うよ。図書館で言った……」
そう言って恥ずかしさからか、また啓介の肩に顔を埋めた。啓介はその丸くて小さな頭を愛おしく撫でた。
「英理子は汚れてなんてない。英理子は愛されてるんだよ。俺も心からそう思う」
そして真っ赤に染まる耳に唇を寄せて呟いた。
「俺は英理子を愛してる」
私も
小さな、小さな声が返る。それは二人にしか解らない。
視線が絡むと唇を合わせ、指先がふれると握りしめてくれる。好きと言えば大好きと返る。
戻ったのではない。やり直したのだ。
今ここから始まったのだ。
二人には簡単過ぎる課題だったかな。
自室の化学準備室で煙草をふかしながら、顛末の張本人、大河内が机上のレポート用紙を眺めた。
真面目な二人の真面目な解答は面白みに欠けていた。だが、大河内は少なからず喜んでいる様子である。
『どうしてお前はセックスをするのか』
『自分を許せる人に自分を許せるか』
二人はセックスまでに時間がかかるだろう。いくら許しあえたとして、身体への恐怖心は癒すのに時間がかかる。大河内は保健医の話を思い出した。
二年の三学期を迎えた頃、英理子の欠席と早退、そして保健室への出入りが頻繁になった。授業中も顔色が悪く、元々痩せ型だったのが更に病的に細くなっていた。
「精神的ストレスみたい」
保健医の見解に大河内は眉を潜めた。英理子と言えば校内一幸せなカップルの象徴だ。それが何故、と詰め寄る。
「守秘義務だから詳しくは言えないけど、彼女、自分を追い詰めてるわ」
痴話喧嘩か?と色々推測をたてて尋ねるが保健医は固く口を閉ざすばかり。仕方が無いと諦める。
三年に進級してからは以前よりは欠席も減り、最近ではぎこちないが笑顔も増えてきた。だが、人と一線を置いて接しているような違和感を感じる。
友人の島原美樹以外、自分から話し掛けてるのを見たことがない。美樹から事情を聞こうとしたが、別れたんだけど好きみたい、としか聞き出せなかった。
黒か白か。
物事をハッキリさせたい性分の大河内にしてみれば、自分に理解できないことは徹底的に突き止めたかった。
昨日笑っていた生徒が泣いた、そんな簡単な話ではない。休みがちだった時の英理子は、自分から命を絶ってもおかしくない程の危なさだった。
自分の過去に酷似した英理子に、大河内は人事ではない痛みを感じたのだ。
「きっかけはくれてやった」
吸い殻の溜まった灰皿をずらし、頭を抱えるように手をついて大きく息を吐く。眉間が痛いようで銀縁眼鏡を脇に置き、また一つ大きな息を吐いた。
「何やってるんだか………。俺らしくもない」
独り言が室内に響く。
随分、感傷的になったもんだとまた溜め息を吐き、左手に巻いた腕時計にふれた。
茶のクロコレザーのベルトにふれ、つるりとした文字盤をなぞる。アナログで機械式、クロノグラフを選ぶ辺りに大河内のこだわりが垣間見れる。
「許せる人に自分を許せるか。何故セックスをするのか。………阿呆くさ」
ハッピーエンドなんか有り得ない。あいつらは稀だ。そして若いからだ。
ことり、と揺らいだ気持ちを否定したい。
年甲斐もなく未来を願ってしまう自分を否定したい。