『クロノス』-プロローグ--1
『その力』は僕をどこへ導くのだろう
『その力』は僕になにをもたらすのだろう
『その力』は…
『クロノス』-プロローグ-
ささやかで幸せな暮らしだった。
父親はいないが、母は必死に働き、家庭を守ってくれていた。
仕事の疲れなど全く感じさせない笑顔で、いつも母は保育園に宗を迎えに来てくれた。
『遅くなってごめんね…』
そう言って悲しげに笑う母の顔に切なさを覚え、宗は泣いたり我が儘を言うことをいつからかしなくなった。
自分のために働き、自分をこんなにも愛してくれている母を困らせたくなかったのだ。
宗はそんな母の背中を見ながら、母のためになにか自分ができることはないかいつも考えていた。
だから、『その力』に目覚めた時、神が母のために自分に贈り物をしてくれたのだと思った。
宗は時間を止めることが出来たのだ。
鉄骨が、落ちてきたことがあった。
建設中のビルの下の歩道を、母と手を繋いで歩いていた宗は、真上から響く轟音に顔を上げた瞬間、落下してくる鉄骨がその目に映った。
そしてそれが、もうまもなく母と自分の命を奪うことを理解した。
あっー…
そう思った時にはもう遅かった。
これは
どうにもならない
スローモーションのように、鉄骨が落下してくる。
瞬間的に、自分と母のささやかではあるが、幸せな生活が終わることを素直に悲しいと思った。
同時に悔しかった。自分は母を守れず、ここで母と共に死ぬ。いやだ。死にたくない。
でもー…
母だけでも助けたい。そう思った。結婚後、夫を病気で早くに亡くし、悲しみの中女手ひとつで自分を育ててくれた母、その母だけは、守ってあげたいと思った。
しかし今、母を突き飛ばしたとしても手遅れである。宗の手が届く前に、親子は鉄骨の下敷きになるだろう。鉄骨はもう母の頭にその身を打ちつけようというところまで落ちてきている。