約束…1-1
…ここ最近ため息ついてばかり。
そう思いながら、とある会社の秘書課の秘書である松本梨絵(まつもとりえ)はため息をつく。
「松本がため息なんて珍しいなぁ」
松本の隣のデスクの畑中陽介(はたなかようすけ)がパソコンのエンターキーを押し…クスッと笑ってそう呟いた。
松本は苦笑しながらチラッと畑中の方を見る。
「あたしだって…ため息くらいつくんですよ」
「ま…優秀な松本でも仕事に身が入らないこともあるか」
「あたしも今年で32ですからね…年かな」
あたしは…真鍋とは「あれ」以来…雪人に抱かれて以来、真鍋とは必要最低限の会話しかしていなかった。
真鍋とは普段からあまり話をしていないし、会社の外で会うことはしなかったから逆に不自然でも何でもないのだけど。
いつの間にか勝手にそんなルールみたいなものができあがって。
だから多分…真鍋は他の女の子に「彼女はいない」なんて言ったんだと思うけど。
きっとあたしが男のことでヤケになって雪人に甘えたっていうのを雪人は気づいているはずだけど、雪人はあたしを抱いた後、何も聞いてこなかった。
あたしには…わかる。
雪人があたしを抱いたのは、あたしに欲情したからだけじゃないって。
あたしが雪人と関係を持っていた時、雪人はあたしをあんなに激しく抱いたことはなくて。
…関係を持っていた頃の行為は…抱く、という行為とすら言えなかったかもしれない…あれは自慰と変わらなかったって言っても過言じゃない。
あたしが雪人のことを好きだと、雪人はわかっていたから…だからあたしと関係は持っていたけど優しくしたり、能動的に抱いたりはしなかった。
関係なんか持たなきゃいいと、世間の人は思うのかもしれない。
だけどそれは雪人の不器用な優しさだって、あたしにはわかる。
あたしを傷つけたくないって、あたしが雪人を嫌いになるように、って。
多分、それは彼の優しさ。
だから今回のこと…簡単にあたしを抱いたことは。
彼なりの優しさだとあたしは思ってる。
あたしのことを大事に思ってるから、ああしたんだと。
――雪人はここ最近、坂下に触れていない、と思う。
坂下は、あたしが秘書課を出るより早く社長室から出ていくから。
それはあたしを抱いたから…よね。
あたしがしたことは最低――
誰も救われないし、あたしの刹那な快楽にしか過ぎなかった。