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《glory for the light》
【少年/少女 恋愛小説】

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《glory for the light》-1

何時の日からだろう。この蒼さに宿る、輝かしい面影を見失ったのは。
(…見失った?自分で捨てたくせに)
幼い頃、頭上に広がる空ばかりを眺めては、その透き通るような深い色彩と心の中を重ねていた。きっと僕は羽ばたくに違いない。鳥よりも高く、蝶よりも自由に。さながら光と戯れる風ように。そう、信じて疑わなかった。
何時の日からだろう。青空を仰いでも、そこに広がるものが世界を繋ぐ全てだと、何かを夢見て想い馳せることがなくなったのは。
自分が大人になったと感じると共に、自分が汚れたと感じる時が増えた。煙草の残り火がくすぶって、一筋の煙を立てて消え逝く時。無垢な想いに逆らうことなく、他愛のない事柄ではしゃぐ子供たちとすれ違う時。降り注ぐ雪が体を包んでも、ただ寒さに身を震わせ、足速に家路へと着く時。そして、彼女の物憂げな眼差しが、光を映して輝く瞬間を想い出す刹那の余韻に、何故だろう、僕はいたたまれなくなる。
(余裕そうね)
彼女と初めて言葉を交わした時、僕等はまだ高校生だった。
(何が?)
秋も深まり、木立にも鮮やかな紅と黄金の色が含まれる頃。
(普通、読むなら参考書とか、メモ帳でしょ?)
日曜日の大学で、推薦入試当日。木漏れ日の下、ベンチに腰かける僕と、その後ろから僕を覗き込む彼女。コロンだろうか、風に乗って、微かに鼻孔をくすぐる香りを、僕は今でも良く覚えている。
(参考書さ。僕に取ってはね)
一次科目の小論文を終えて、面接試験まで30分。中点に指した秋の陽は穏やかで、安らかにそよぐ風は、無数の腕を揺らして木の葉を静かに舞い落とす。
(「車輪の下」が参考書?興味深い感性ね)
好奇心を隠そうともしない、少し潤んだ瞳を向けられ、僕は彼女から目を反らした。胸の高鳴りは、緊張のせいだと思い込むことにした。
(主人公がね、神学校の入学試験を受けるんだ。今の自分と重ね合わせてる。だからって何が変わる訳じゃないけど、まぁ、一種のおまじないかな)
午後の光が縫うように枝葉から刺し込み、幾筋もの光の柱を立てていた。彼女はその光の粒子を眺めるように、少し遠い視線を虚空へと泳がせる。
(…いいね。うん。おまじないって、響きとしては悪くないわ)
僕の隣に周り込み、彼女もベンチに腰を下ろした。あの時の彼女は、僕と同じく、受験のために遠い地元から独りで東京へとやって来たのだった。無性に人と話したかったのだろう。その表情は何処か厭世的で、疲労の色が濃かった。その影を僕の中にも見付けたのだと思う。降り注ぐ淡い光と、吹き抜ける穏やかな涼風の中、二人は不思議に近付く距離を感じていた。
キャンパスを歩く受験生を尻目に、僕等は僕等だけの時間を共有していた気がする。何となく、互いに同じ臭いを嗅ぎ取っていたのだと思う。それが一方通行ではないことを、僕は疑いもしなかったし、疑う理由もないように思えた。
そう遠くはない未来、今は閑静なこのキャンパスを、時折時間を慈しむように空を見上げて歩く自分の姿を思い描きながら、二人は他愛のない遣り取りで時を分かち合った。初対面なのに、まるで昔ながらの幼馴染みのように、二人の会話に澱みはなかった。どちらかと言えば晩成な僕には、その時の流れはとても新鮮。緊張は風と共に、光の粒に浚われた。彼女の笑顔が、その風を呼んだのかもしれない。あの時、僕はそう信じていた。不思議な一時だった。数ヶ月後、またこの流れに身を委ねたいと、心から思った。
面接試験まで10分を切ると、僕等は立ち上がり、一緒に同じ教室まで向かう。小論文試験の時には気が付かなかったが、僕たちの志望学科は同じらしかった。それぞれの席に着き、静まり返った室内に押し潰されないように、僕は彼女との遣り取りを反芻していた。耳朶に残る少女の声は、僕の中にゆっくりと浸っていった。
やがて試験官が入ってきて、注意事項を述べると、5人ずつ面接会場の教室へと連れていった。10分ほど待つと、次のグループを連れていく。受験番号の早い彼女は三番目のグループだった。
鞄を持ったまま教室から出る寸前、その瞳が僕へと向けられた。僕が軽く手を上げると、彼女は、はにかむように微笑み、こくんと領ずいた。不思議な連帯感。出会いにきっかけなんてなかった。だからこそ、その繋がりは確かなものに思えた。
人は通常、初対面の第三者に心を開くにはそれなりの時を要する生き物だと、僕は思っている。ある種の例外を除いては。思いの外、僕はその例外を素直に受け止めることができた。それは初夏の驟雨みたいに唐突だったけど、大粒の初雪のように優しげでもあった。そして皮肉にも、長くは続かないという点においても酷似していた。
僕が面接を終えた頃には、彼女はすでに、一つ前のスクールバスで駅へと向かっていた。もしかしたら、校門辺りで僕を待っているかも。そんな淡い期待を抱いた自分に苦笑い。期待はいつも意地悪が好き。
小論文にはそこそこの自信があったが、面接では予想外の質問をくらったため、試験が終わった瞬間には半ば諦めていた。


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