《glory for the light》-4
それでも、何故だろう。僕は受験で出会った百合の話を、彼等にすらすることはなかった。それが口にするのも憚られる些細な出来事だからだろうか。あるいは、あの淡い想い出を独り占めにしたいからだろうか。
彼女はどうしたのだろう。あの日、僕と言葉を交わしたことを、誰かに伝えたのかな。自分のように、そっと胸にしまい込んでいるかも。もしかしたら、それは想い出にすらなれず、記憶の淵に追いやられて、溶かさていく雪のように忘却の彼方に消えたのかもしれない。そんな風に思う都度、僕は黄色の落ち葉に記された文字を眺めた。
(春になったら、また逢えるといいね)
それは約束ではなく、希望だった。頼るものはそれしかなかった。それだけが僕の中のわだかまりを癒してくれた。安易な口約束などより、その希望がもたらすピュアな想いに、僕は確かに繋がる糸を見付けることができた。
クリスマス・ナイトが明け、新たな一年が幕を開け、師走の慌ただしい日々から落ち着きを取り戻す頃。
雪国の、澄み過ぎて冷厳な空気に覆われた街で、僕は春を待った。星が綺麗で、世界が長閑に眠り着くかのような、冷たい冬の夜が好きな僕に取って、春を待ち侘びた経験は初めてだった。
夜中の二時に外に出る。芯のある冷気に肩をすくめて、遥か頭上を仰いだ。星々の代わりに、白く降り注ぐ結晶たちが、夜空を疎らなベールで彩る。街灯に照らされ、羽毛のように舞い落ちる雪は、頬を伝う涙の如く、一瞬だけキラリと輝いて、何処かへと消えていった。僕はそっと手を伸ばす。白い涙は、僕の手の平の上で、鮮やかな軌跡だけを残し、温もりに溶かされて失われてしまった…。
運命って何だろう。僕は時折、そんなことを考える。考えたところで、古代ギリシャの哲学者でもあるまいし、定義なんて見付けることはできない。神の存在、輪廻転正の有無も信じない。けれど、運命という言葉だけは、心のある一端を捕らえて離さなかった。
僕に言わせれば、運命という言葉は、「定められた人生」という意味ではない。「命を運ぶ」それが運命。その運転手は自分自身なのだから、そこに必然性はなく、人生の道程を歩く自らの歩みを指す言葉だ。しかし、それは概念であって、一律化された定義ではない。あるいは、定義なんて初めからないのかも。それでも、僕には百合との邂逅をその枠内に当てはめたいという欲求があった。道を歩む時、肩を奇せ合う相手が彼女であって欲しい。それは無垢な想いだけど、身勝手な想いで、幾分は残酷な願いですらあった。全てが思い通りに進む人生があるとは思えないからだ…。
冬を越え、やがて春が顔を覗かせた。
雪溶けは、出会いと別離の、交差点。
想いと思いが、ある時には重なり、またあるには時すれ違い、悲しみと喜びの狭間で、人は儚い季節を生きていく。
僕は高校を卒業して、百合に逢うために街を出た…。
光のさす方へと…。