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《glory for the light》
【少年/少女 恋愛小説】

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《glory for the light》-20

―十月。
少しずつ透明になっていく空気に、夏の面影は霞んでいた。太陽までもが何処か遠くに消え入りそうに、清廉された冷気を光に紛れて運んでいる。
大学とバイトが終わると、コンビニでビールを買って帰宅した。灯りのない部屋に入り、手探りで電気のスイッチを見付けて、点灯する。
良く、誰も帰りを待つ人のいない部屋に独りで帰ると、ホームシックに陥ると人は言うが、僕に限ってそれはない。どんな状況であれ、あの家にいるよりはマシだと思う。
大学合格の吉報を知っても、財布から抜けていく出費の心配ばかりをしていた両親の、冷たい視線。
彼等と微笑みながら食卓を囲んだ記憶は、すでに時の靄にかすんでいる。
あの家に、僕と弟の居場所はそれぞれの自室しかなかった。
弟は今、小学六年生。仲は良かった。叔父が死んでからは、血縁関係の中では唯一の理解者だった。
あいつのことを思うと、僕は途方もない罪悪感にさいなまれる。
僕がいなくなったあの家の中で、弟は今頃、名前だけの家族に孤独を覚えているだろう。
もしかしたら、僕を恨んでいるかもしれない。
自らの自由を選び、家を捨てた僕に、弁明の余地はない。
僕は今まで心の中で、家族を殺していた。
そうすれば、親を見放し、弟を見捨てた僕の心は、さらに落ちぶれる。どうしようもないと開き直ることが出来るんだ…。
僕が奨学金を利用しているのは、親に負担をかけたくないという、殊勝な利用からではない。これ以上、彼等の金で生きていたいとは思えなかったからだ。毎月付与される額とバイト代を足せば、仕送は必要なかった。奨学金はいずれ返済する必要があるが、勿論、自分で働いて返す。
僕は缶ビールを一本空け、軽い酩酊に酔いしれた。
実家を想い出す度、アルコールで隠鬱な気分を紛らわすのがつねだった。
それでも、今日のわだかまりは一向に消える気配がない。
ふと思い出して、僕は机に向かった。一番下の引き出しを開けて、紙で包んだそれを取り出す。
辛いことがある度、想い出のそれを眺めては、僕はささくれた心を癒していた。
紙を開き、中から取り出した物。それは、百合が僕に宛てた手紙だった。
あの日から、少しづつ色褪せていく黄色い木の葉。
まるで、今の心情を反映しているようにも見えた。
手に取ると、不思議なほど鮮明に、あの日の記憶が蘇る。
「…ハンス気取りの少年か」
僕は口腔で呟き、葉の表面をそっと撫でた。想い出と共に…。
百合と再会したのは、入学式の後日。やはり、あの木の下でだった。深く澄んだ緑の樹木の下、白いベンチ。そこに座る百合。
僕は記憶を反芻するのを止め、木の葉をしまった。
百合は言っていた。どんな悲しい過去にでも、笑いながら想い出せば、楽しかった想い出だけが蘇ると。僕は何故、今の瞬間にその言葉を想い出したのか分からず、謂われのない戸惑いを覚えた。


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