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《glory for the light》
【少年/少女 恋愛小説】

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《glory for the light》-2

キャンパスの雰囲気は予想よりきらびやかで、僕は少々、そこを立ち去ることに未練があった。何より、名前も知らない少女との出会いが楔となっていた。名前くらい訊いておくべきだったかな…。
僕はその想いが溢れ出さないように、夜行バスの発車まで如何に時間を潰すかという、俗な思考に浸ることにした。
堅苦しく絞められたブレザーのネクタイを緩めながら、次のスクールバスの発車時刻を確認する。まだ20分ほど時間があった。
不合格を確信しつつあった僕は、取りあえずこの風景を目に焼き付けておいても損はないと思い、キャンパス内を散策することにした。散策といっても、受験後は速やかに帰宅するようにとの指示が下されているため、歩ける場所は限られていた。迷わず、彼女と語らいを交わしたベンチへと歩を進める。
相も変わらず、その場所には光が滞在していた。そこだけが、二人を失って時を刻むのを忘れているような、儚い錯覚を覚える。
わずかに塗装の剥離されたベンチに腰かけ、裸になりつつある樹木を見つめた。キャンパスの中央部にたたずむこの木は、春になったらどんな色彩を纏うのだろう。緑を抜かれて、目に鮮やかな色合いを浮かべた落ち葉に視線を落とす。それは、秋の陽射しに染められて着色されたかのような、儚い季節の象徴色。
ふと、ベンチに舞い落ちていた一枚の枯れ葉が気になった。そこにあるのが、命を枯らすまでの最後の役割です。とでも言わんばかりに、僕の視線を引き寄せる。その枯れ葉は、丁度、彼女が座っていた場所に横たわっていた。一枚だけ、ポツンと。まるで彼女の代わりを勤めるかのように。
僕の手は無意識に、その枯れ葉へと伸びていた。鮮やかな黄色の葉を見つめる。
葉の表面、シャーペンで書かれたであろう綺麗な字が、僕の瞳に飛込む。
(春になったら、また逢えるといいね。―ハンス気取りの少年へ―百合より)
僕はその枯れ葉を、そっとポケットにしまい込んだ。この枯れ葉の存在に気付いたのは、奇跡に近い僥倖だった。拙いメッセージだけど、伝達率の低い手紙だけど、こんなに色褪せた葉一枚だけど、それは僕が知ってるどんな伝達手段よりも素敵に思えた。
木漏れ日は不変の光茫と、普遍の優しさを安らかに秘め、僕を穏やかに包み込む。
(…百合…か)
「ゆり」。その名を小さく呟き、決して忘れまいと心に刻んだ。緩慢に流れる時と共に…。願わくば、この木のが再び緑を取り戻す頃、変わらぬ陽射しの下で百合と逢いたい…。何に祈るべきなのか。僕は秋の抜けるような蒼穹を見上げて、ただ願いだけを、おもむろに空へと掲げていた。

その二週間後、東北の自宅に合格通知が届いた。その頃、僕は何故にもっと身を粉にして受験対策をしておかなかったのかと後悔していた。百合が残した、黄色い落ち葉の手紙を眺めては、空虚な嘆息を吐き出していた。
事情を知らない友人はそんな僕を見て、
(何だよその落ち込みは?洒落で受験するだけ、とか言ってたくせにさ、結局は行きたかったんじゃん。大学)
と揶揄した。その都度、僕は、
(事情が変わった。どうしてもあの大学に行きたくなったんだ。詮索は、するな)
と言って、友人たちを怪訝に思わせた。
合格通知が届いた日、僕は独り、安物のブレンデッド・ウィスキーを買って祝杯を上げた。この喜びを分かち合えると思える人は、何処か遠い場所にいたから、敢えてひとりぼっちで祝酒を嚥下した。遠い街で、百合もまた、今頃はホッと胸を撫で下ろしているのだろう。そう信じることで、舌に含むウィスキーの焼けるような香りは、僕に取っては最高級の味と化した。


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