《glory for the light》-19
「気丈な少女に乾杯」
そう言って僕は温くなったコーラを嚥下した。
「冴えない少女に乾杯」
アカネもそう言ってコーラを飲む。
「部活は何を?」
「ブラスバンド」
「楽器は?」
「トロンボーン」
アカネはコーラの缶をそれに見立て演奏する振りをした。
「確かに端から見たら、お嬢様系だね」
アカネは不満げに眉を奇せる。
「違う。端から見たら、いい子ちゃんぶった抜け目のない女よ。それが気に入らなかったんだよね。男子と話すことも、余りなかった」
僕は首を傾ける。気に入らなかった?彼女は何か誤解しているようだ。
「…君が男子から買ったのは、反感じゃなくて憧憬だよ」
「…憧憬?」
アカネは訝しげに言った。
「そう。漫画から切り抜いたような優等生美少女。安易に近寄ることはできないけど、遠くから見守りたくなるタイプだ。いわゆる高嶺の花」
「…まさかぁ」
有り得ないとでも言うようにアカネは首を振ったが、その顔はまんざらでもないようだった。
「そういうもんさ。すぐに股を開いてくれそうな女には積極的になれるけど、君みたいな子には憧れがあっても消極的になる。男子高校生の頭の中は半分が性欲だからね。現実的にならざるを得ない」
僕の言葉を聞くと、アカネは顔を歪めた。
「…何か、男って」
「みなまで言うな。言いたいことは分かるから…」
わざとらしく肩を落として僕が言うと、彼女は軽く吹き出す。
「わびしき十代の心理?」
「…そうだね。とにかく、君が気付いてないだけで、男は割りと好きだよ。そういう子は」
ふ〜ん。何処となく嬉しそうな笑顔を押し隠し、アカネは呟いた。本当は例外も多々あるだろうが、彼女が自己嫌悪する姿を見るのが辛くて言ってみたのだ。表情を見る限り、その効果はあったらしいので、僕は幾分満足した。
「はい。この話は終りね。ところで、お腹空かない?」
照れ隠しのようにアカネが切り出した。
「もう昼過ぎだしね」
遅くまで寝ていたので朝食を食べていないことに気付く。
「カレー作らせてよ。材料買ってきたんだ。隠し味に牛乳。ホントは生クリームが欲しかったところだけど、品揃えの悪い店でさぁ…」
アカネは立ち上がり、ビニール袋を手に台所へと向かった。
「じゃあ、僕がご飯を炊きますよ」
僕も立ち上がり、それに続く。同じ職場でバイトをしていても、接客専門のアカネが料理をしている姿を見たことはなかった。
「あっ…エプロンある?」
「男の一人暮らしにある訳ない」
アカネは大仰に肩をすくめて見せた。
「…なんだ、残念」
僕は怪訝に思い、その理由を問う。
「あれが出来るかなぁ、と思ってさ」
「あれ、と言うと?」
アカネはやはり、悪戯好きの子供みたいに瞳を輝かせた。僕は妙な予感を覚える。アカネが言った。
「裸エプロン」
「…馬鹿者」
低俗な冗談に、僕等は声を上げて笑った。秋の足音を感じさせる、涼しい夏の終りのことだった。