《glory for the light》-14
―二週間後。
悠然と浮かぶ入道雲は、少年時代の想い出から切り取ったかのように天空を静かに漂っていた。燦然とした光を吸収して白亜色に輝く雲の下、二人はゆっくりと歩みを進める。青々とした天井から、肌を焼いて降り注ぐ夏の陽射しに、僕は目を細めた。
(…何処か、行きたい場所とかある?)
右手の河に沿った堤防を歩きながら、傍らの百合に尋ねる。
(気の向くままに)
光を浴びてキラキラと輝く水面を見つめながら、百合は桃色の唇を開く。
(このバイク、これで結構重いんだ。乗る?)
僕はCB125Tを押す腕に目配せをして言った。百合はクスリと微笑み、小首を傾ける。大人びた仕草が、まだあどけなさの残る顔には不釣り合いで微笑ましい。
百合と絵画展へ行った後、取り立てて予定のない僕等は、適当に街をバイクで流すことにした。
余り人のいない場所に行きたい。そう言った百合の意思を考慮して、この堤防沿いを歩いている。
(ごめんね。もう少しだけ、歩いてもいいかな?)
了解。僕はそう言い、穏やかに流れる川の水辺に目を馳せた。
百合といる時だけ、僕は時の流れがこの川のように緩慢で静かなものだと思えた。一緒にいると、二人の周りだけが世間と切り離されて時を止める。そんな錯覚を覚えさせるような、不思議な人。だけど、時々百合といると、僕はどうしようもなく不安にもなる。すぐ側にいるようだけど、本当は手の届かないほど遠くにいる人。そんな両極性が彼女にはあった。だから僕は、傍らから彼女が泡沫の夢のように消えてしまわないように、自分に出来ることを探して必死になることもある。少し目を離すと飛んでいく、まるで逃げ水みたいな人でもあった。
(…私ね、昔、夏が大好きだったの)
微風にそよぐ長い髪。わずかに薫る、切ないコロンの香り。それに乗って耳朶に届く、か細い声。
僕は百合の横顔を盗み見て、領ずいた。
(いつか、君が私に訊いたよね…)
(夏は好き?と、僕は言った。そしたら君は…)
(半々かな…と答えました)
(そうだったね…)
僕等は過去を反芻し、それぞれの言葉で確認し合う。記憶は鮮明で、空色のようにクリアだった。
(私の拙い詩を、君が翻訳。その論旨は何だったでしょう?)
覚えてる?そう言って彼女は僕の顔を覗き込む。そっと、けれど弾むような特有の口調だった。
(勿論覚えてるよ。想い出、だったね)
絵画展で見た聖母のような微笑みを浮かべ、百合は首肯する。