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《glory for the light》
【少年/少女 恋愛小説】

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《glory for the light》-13

「…理解できない感情ですね」
僕が苦笑して言うと、マスターは、俺もそう思う。と言って笑みを浮かべた。
「まぁ、だから何が言いたいのかと言うと、彼女はお前が考えてる以上に、恋愛に関しては奥手なんだ。今時、絶滅種に近いくらいにな」
「あのルックスで?この都会じゃ最後の生き残りかもしれませんね。まるで漫画のキャラクター」
「いい子なのは認めるだろ?」
「単純…いや、純粋な子です。はい」
僕は笑い、マスターも声を上げて笑った。この場にアカネがいないことを少しだけ寂しく思った。
「本当なら、ここのバイトなんてお前だけで充分なんだ。元々、数ヶ月前までは俺一人でやってた訳だしな」
「アカネの気持ちを組んで、雇ってやったと?」
マスターは背もたれに身を預けるようにして、殊更のんびりと答える。
「…まぁな。中年親父の余計なお節介かもしれんが、彼女を見てると、何かしてやりたくてな」
年寄り臭い。喉元まで出かけた言葉は、アイスコーヒーと一緒に流し込む。
「…そう言えば、大学の歓迎会で初めに話たのはアカネだったかな…」
マスターは興味深そうに身を乗り出した。
「どっちから声をかけた?」
「…僕だったかな。悪いけど、他の子を探してたんです。入試の日に知り合った子で、挨拶でもしておこうかと思いましてね。探したけれど、見当たらなくて。その内、会場の隅に一人でいるアカネを見掛けたんです。周りで騒いでる新入生を遠巻きに眺めてて…」
僕はその時の光景を記憶から引き寄せた。
赤みを帯びた長い髪と、何処か日本人ばなれした顔立ち。身に纏った雰囲気のせいか、一人のくせに孤独を感じさせない人だと思った。けれど、椅子に腰かけ、周囲を静観するアカネの瞳に、憂うる意思が秘められていたことに僕は気が付いていた。その瞳の宿す色が、百合のそれと似ていた気がしたから。
最初、僕が声をかけると、彼女は睨むように訝しげな眼差しで見返してきた。何だか貰ってきた仔猫のようだと思い、僕は苦笑をこらえた。その時の話題に関しては、良く覚えていない。何処から来たとか、学科は何かとか、そんなありきたりなことだった気がする。思えば、その時の感覚もやはり、百合と出会った時と似ていたのだろう。アカネに、僕がかつて百合に抱いた印象と同じものを見たのかもしれない。会話が進むにつれてアカネは心を開いてくれたし、それは僕も同じだった。何気無く声をかけたつもりなのに、いつのまにか話は弾んでいた。無意識の内に、あの日の僕と百合を想い出し、アカネに百合の面影を探してたとは、流石に本人を前にしては言えないだろう…。
「僕から声をかけたんです。いや、普段はないことですよ。そんなナンパみたいなまね。ただ…」
ただ、彼女の眼差しが余りにも百合と酷似していたから。そう口にするのは憚られ、僕は言葉に詰まった。
「ふむ…なるほど」
深くは追求せず、マスターは言った。
「見てくれは変わっても、そう簡単に内面までは変わらないからな。うまく和に溶け込めずにいるところを、気さくに話しかけてくれる人がいた。閉ざしていた心が一気に溢れ出して、そのまま恋にまで発展したと…。理屈は分かるけどな」
「気さくに話しかけた訳ではないですよ。何というか…」
「言わなくてもいい。とにかく、アカネちゃんがお前のことを好きなのは明白だ。焼きもちすら巧く焼けずにビンタでしか感情を表せないほど、拙ない表現しかできない子だからな。余り意地悪するなよ。他に惚れた女がいるのかもしれないが、まぁ…アカネちゃんとも仲良くしてやってくれ…」
マスターは長々と語ると、やがてはにかむように口の端を笑みに歪めた。
「何だか、彼女の父親みたいな口振りですね」
ようやく話がまとまり、僕は長い吐息の後でそう述べた。父親と言われ、マスターは浮かべた照れ笑いを失笑に変える。
「大丈夫だ。実は隠し子でした。なんてオチは用意してないからな」
僕等は笑い合った後、二人でグラスを洗って解散した。八月の始め、うだるような暑さの夏の日ことだった。

―翌日。
僕が喫茶店に顔を出すと、先に来たアカネはいつもと変わらない調子で仕事をしていた。マスターが何かフォローしてくれたのかもしれない。
「また重役出勤?ねぇマスター。この人の時給下げた方がいいんじゃない」
「その分、アカネちゃんにまわそうか?社会の仕組みに忠実に」
「それいい!遅刻一回につき一割減給でしょ。その分私は一割増給ってことで!画期的なシステムだわ」
彼女の機嫌が直ったのは良いが、何やら由々しき事態だ。僕は遅刻の原因はバイクの不調であり、決して寝坊した訳ではないことを二人に訴えたが、その申告は敢えなく座礁した。
結局、アカネ曰く画期的なシステムとやらが採用される運びとなり、僕は昨日のビンタに加えてつくづく自分の運勢が下降気味であることを実感する。やはり、うだるように暑い夏の日のことだった。


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